️さらばベートーヴェン ~ なっとく、目から鱗の音楽史
2004/5/5

連休の直前、大阪府立中央図書館から、リクエストしていた本が到着したとの連絡があった。もともと図書館の購入予定リストには入っていたようだが、新刊が書棚に並ぶまでにはだいぶ時間がかかる。そんなことで、私が最初の借出人となる。病院の行き帰りに少しずつ読んで、本日読了。石井宏「反音楽史」、これはとても面白い本だ。とうとう日本でもこういう書物が出るようになったかと感慨深いものがある。

むかし学校で習った音楽史、あれはドイツ人の創り上げたインチキであり、音楽の世界でのイタリアコンプレックスの裏返しで、歴史をねじ曲げ「世界に冠たるドイツ」を称揚したのだという論旨です。19世紀、ドイツでシューマンらが先導した音楽観、器楽の偏重、形式の重視、観念への傾斜、それらが音楽本来の価値(歓び)から遊離し、百年あまり経過したあと、ついにその価値観は瓦解に至ったと述べられている。

ベートーヴェンという精神的主柱となる作曲家を得たことで、その神格化を通じ偏向した史観が築き上げられ、その陰で都合の悪い事実は抹殺されるか、書き換えられたとしている。
 例えば、ソナタ形式は弁証法と一体であり、ドイツ音楽が創造した完全な形式であるとする論を、ソナタ(そもそもイタリア語)形式はイタリアのオペラアリアに範をとったに過ぎず、ベートーヴェンはともかく、ハイドンにしてもモーツァルトにしても、第1主題、第2主題は対立概念でも何でもなく、弁証法というのは噴飯ものというあたり、「確かに、そうだよね」と思ってしまう。

この本の中には、抹殺された音楽家として、たくさんの名前が挙がっている。知っている名前はわずかだが、共通するのはイタリアで認められ世界的(と言っても全ヨーロッパ的)な名声を博した人たちということ、その中にはイタリア人だけでなくドイツ人も何人か含まれている。

ジョヴァンニ・パイジェッロ(1740-1816)、ドメーニコ・チマローザ(1749-1801)、アードルフ・ハッセ(1699-1783)、ジョージ・フレデリック・ハンデル(1685-1759)、ヨハン・クリスチャン・バッハ(1735-1782)などの名前だ。ヘンデル改め英国に帰化したハンデル、大バッハの不肖の子(と言われる)クリスチャン・バッハなどは、ドイツ人でありながらイタリアの手法を自家薬籠中のものとして圧倒的成功を博した作曲家なので、ドイツ優位の立場で整合性のある歴史を記述するには都合が悪く、ドイツ流の音楽史では不当に冷遇されている由。同じことは、時代が下ってジャコモ・マイヤベーア(1791-1864)にしても然り。この人などは、ドイツ人なのに名前はイタリア人、それがまた(正当派の?)ドイツ人の怨嗟を招き不当に貶められているとする。

先の「世界に冠たるドイツ」音楽史観では、都合の悪いものは低俗という名で葬り去られた訳だが、どうしても抹殺できなかったのは(イタリアの)オペラであったということ。ドイツの作曲家や学者や評論家が一世紀余にわたって渾身のネガティブキャンペーンを張り続けても、ドイツの音楽が劇場を席巻するに至らなかったのは歴然とした事実だ。ひとりドイツの地方歌劇場を除けば、出し物の過半がドイツオペラという例は過去も現在も見当たらない。オーケストラなど器楽の世界を制圧したドイツ流史観もオペラハウスには歯が立たずというところだろうか。

オペラを改革したと言われるクリストフ・ヴィリバルト・グルック(1714-1787)、オペラにおける豊穣・贅沢・濫費にノーを唱えた彼の共鳴者は結局は誰もいなかったというのは、確かにそのとおりだ(劇場の主要レパートリーを見れば歴然)。作曲家が唯我独尊、演奏家や聴衆は、その僕という100年あまりのドイツの固陋な考え方は、自然に音楽を愛することと相容れないとまで言っている。

読んでいて、ふむふむと肯くことしきり、別にこの本に書かれたような体系的整理ができている訳でもなく、ただ気に入った音楽を聴いてきただけだが、私のCD棚は端からドイツの音楽史観とは無縁だ。1000枚は優に超えているのに、彼のベートーヴェンの九つの交響曲も揃っていない。かと思えば、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニ、ヴェルディ、プッチーニ、マスカンニ…、いったいイタリアオペラは何セットあることやら。

もちろん、何を聴こうがその人の勝手、音楽なんて頭で聴くものじゃないし、官能の世界であるのは当たり前のこと。そんなことで、「反音楽史」、我が意を得たりという本だった。

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