ヒマラヤの東 ~ 老年の星、ここに
2005/7/30

堂島の淳久堂書店の中をぶらぶらしていたら、山岳書のコーナーに気になる新刊書があった。「チベットのアルプス」、中村保著。岩と氷の鋭鋒のカバー写真、目を奪われる。そして、そのタイトルがいい。手にとってページをめくる。この書店には立ち読みならぬ座り読みの椅子が用意されているのがありがたい。

本の中ほど、二か所にカラー写真のページが挿入されている。6000m級の未踏峰の天を突く勇姿、神秘的な湖の色、深く切れ込んだ凄絶な谷、チベットの村の寺院、集落、そこに暮らす人々…。そのグラビアページだけ見ていても楽しい。
 ちなみに定価は3200円、こりゃちょっと買うには高い。そこで早速、大阪市立中央図書館に貸出予約。最近、インターネットで図書検索はおろか、貸出状況の確認や予約まで出来るのでとっても便利。本が売れない時代と言われるが、公共図書館の充実と表裏をなすもの、読まれない時代ということではなさそう。

この本は前著とあわせて、「ヒマラヤの東」三部作らしい。「ヒマラヤの東」、「深い浸食の国」、そして「チベットのアルプス」。数年の間を置いて出版された三作、それに先立つ年月は現地踏査に費やされているという訳だ。もっとも、個々には適時「岳人」や「山と渓谷」といった山岳雑誌に掲載されているので、単行本はその集大成というスタイルになる。

ヴィジュアルな写真はいいのだけど、ちょっと読むには疲れる本だ。難しい漢字の地名もあれば、カタカナ表記の地名もある。そのどれもが耳に馴染みのないものばかり。本で採り上げる西の端、チベットのラサ、東の端、成都ぐらいしか知った地名が出てこない。もともと正確な地図もない地域なので当たり前だが、読みながら本文中の地図と写真のページに行ったり来たり。こりゃ、たまらん。分冊にするか、地図だけでも別刷りにしてくれたほうがいい。

そんなことで、一度は延長したものの貸出期間中に読了できず。欲張って「深い浸食の国」も一緒に借りたものだから、自業自得。じっくり写真を見たから、ま、いいか。また気が向けば借りてくればいいや。

本の中身は記録ということを重視したものだ。したがって紀行文として読むには辛いものがある。このヒマラヤの東、念青唐古拉(ニンチェンタングラ)山脈、横断(ホントゥワン)山脈、東西わずか100kmほどの距離にひしめいて、北から南へ平行して流れる三本の大河、怒江(サルウィン川)、欄滄江(メコン川)、金沙江(長江の源流)。この地域は中国政府が外国人の入域に対して厳しい姿勢をとり続けてきた歴史があり、中村氏の踏査はパイオニアワークという色彩が強い。ルートを探り、写真を撮り、国内山岳界は言うに及ばす各国のアルピニストへ情報発信する。さすがにIT時代、トップクライマーとの間で画像ファイル付きのメールが日常的に飛び交っているようだ。

中村、Who?という疑問が、当然に湧いて来る。
 この人、何と、1934年生まれ、古希を過ぎたジイサンではないか。麓から谷筋を辿り、峠あたりまでの踏査が中心で、さすがに未踏峰の頂を極める体力(というより時間と財力)はないようだ。一橋大学山岳部で先鋭的な岩壁登攀、石川島播磨重工業に入社し、30年あまり海外業務でパキスタン、メキシコ、ニュージーランド、香港に駐在とか。1990年からヒマラヤの東の踏査を開始ということなので、56歳のときからになる。会社での役職定年のころか。ある程度、時間が自由になって長期の休暇も取れるようになったのか。50代サラリーマンとしては、そんなところに関心が行く。中村氏にとって、定年後のライフワークということだろうか。それだけの体力、気力を保持して、60代を迎える。しかも、趣味を突き詰めて第一人者となる。何ともうらやましいこと。この先、こんなことを続けていると、中国奥地で客死ということも考えられるが、それはそれで幸せな人生ということかも。

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