スピンドルの一番長い日 ~ 4・25「あの時、私達は…」
2005/10/4

出来たて、ほやほやの本を頂戴した。非売品。『4・25「あの時、私達は…」』と題されたその本を、取引先の日本スピンドル製造株式会社の総務グループの方からいただいた。
 9月30日に社員食堂で内輪の慰労会を開催すると聞いていたので、その前に差入のウイスキーを届けたお礼ということかな。結局、アルコールも食事も抜きの簡素な報告会になったようだ。

この本、帰りの電車の中でパラパラと読んでいくと、目頭が熱くなってしまった。こりゃ、いかん。

4月25日に起きたJR福知山線の脱線事故現場の隣が日本スピンドル製造株式会社の本社工場とはいえ、第一報を聞いた社長が現場を見て、事故発生20分後には操業停止・救援活動命令を発出というから、極めて迅速な対応だ。救出された重軽傷者は多数にのぼったようだ。

この本は、社員による救出活動の記録、事故を伝える新聞・雑誌の記事、社員の声、全国から寄せられた慰労・励ましの手紙・メール、行政各方面からの感謝状、社内組織図や工場配置図などの資料で構成されている。
 そのなかで50ページ以上にわたる大きなボリュームで収録されているのが、慰労・励ましの手紙・メールだ。事故の被害者や家族からの感謝、新聞やテレビのニュースで知った人からの感動の声など。「暴騰必至、さっそくおたくの株を買うぞ」なんて変なものも混じっているが、ほとんどは「助けていただいた社員の方は命の恩人です」、「こんな会社があるなんて、日本も捨てたものじゃない」、「もし、一般消費財を作っているならすぐにでも購入したい」というようなトーンだ。
 おそらく収録できなかった手紙やメールは他にも多数あるに違いない。私自身も、事故当日に付き合いのある同社取締役にメールを送った。

「お見舞い」 2005/04/25 16:32:18
いつもお世話になっております。
本日、大変なお取り込みと推察いたしますので、メールにて失礼いたします。
今朝ほどのJR事故の報を聞き、御社に程近い場所と想起いたしましたが、その後の報道で、御社北側の踏切、まさに至近の場所での大惨事と確認し、驚愕を禁じ得ません。
従業員の方に被災された方は、おられませんでしたでしょうか。
さらに、御社が臨時の負傷者処置場となり、社員の方々も業務を中止し負傷者の救出・救援にあたられたとのこと。ご苦労を推察するとともに、満腔の敬意を表します。
これほどの大事故、種々事後処理等が続くかと存じますが、早期に平穏に復されますよう祈念いたします。
なお、当方にてお役に立てることがありましたら、遠慮なくお申し出ください。
取り急ぎ、お見舞い申し上げます。

 「Re: お見舞い」 2005/04/25 18:55:40
メール有難うございました。
幸い当社社員とその家族に被災者はいませんでしたが、報道されています様な大惨事でした。被災者の方々のことを思うと心が痛みます。
亡くなられた方々のご冥福と負傷された方々の一日も早いご回復をお祈りするばかりです。

会社の外からの反響が大変な量なのに、社員の声として掲載されているのは驚くほど少数だ。本の編纂にあたって総務担当から原稿提出を呼びかけたようだが、「今は何も書きたくない」、「想い出したくない」といった人も多数にのぼったとのこと。事故直後、PTSDと診断された人も出たようだから、深刻な体験であればあるほど、人間の口は重くなるということだろう。

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