ルネ・フレミング「魂の声」
2007/1/10

あまり好きな歌手じゃないヌードル。何年か前、銀座の山野楽器で時間つぶしをしていたとき、店内に流れていたのがこの人のCD、新譜のプロモーションでかけていたのでしょうが、「ひどい歌だなあ、誰が歌っているんだろう」と思った。あとで判ったのは、それがルネ・フレミングが歌うアリア集、イタリアオペラの名作アリアを集めたものだということ。

どうして酷いと思ったのか。イタリア語のディクションがなっていない。ソプラノが歌うときは言語不明瞭になるのは、ある程度仕方ないにしても、それでも私の耳は平均的なレベルを随分下回るものだと聴いた。このアメリカ人ソプラノ歌手が、ドイツ語で書かれたリヒャルト・シュトラウスのオペラで、言葉の見事さを褒められているのが不思議と思えた。確かに、ソプラノの独唱が入るマーラーの第4交響曲をロンドンで聴いたときには、違和感はなかったが。

この本を読んで謎が解けた。彼女はアメリカで勉強したあと、ドイツに留学したんだ。そこでドイツ語を身につけた。そういうことだったのか。勉強家だ。「私はいつも生徒だった」と、この本に何度も彼女は書いている。がんばり屋で先生のお気に入り、教えられるものを素早く吸収し、人のアドバイスに素直に耳を傾ける。アメリカの育ちのよいお嬢さんが、今メトロポリタンオペラのプリマドンナだ。アメリカの最高峰であるメットのスターは新大陸に活動の拠点を移したヨーロッパの歌手というのが、昔は通り相場だったが、ずいぶん変わった。その代表格がルネ・フレミング。

実に素直に書かれている。ほんとに。この本のほとんどが、どのようにして声を創ってきたのか、どんな障害があって、試行錯誤を経てどう克服してきたか、そのことだけに紙幅が費やされていると言ってもいいほど。では、声楽を志す人への指南書かと言うと、そうでもあるし、そうでもない。もっと別の次元での面白さ、心を打たれるものがある。そうでなければ、いかにオペラファンとはいえ、300ページを超える本を読み通せない。

この人、よきアメリカ人のひとりなんだと思う。オープンハートで、ものごとを肯定的にとらえ、努力を惜しまず…。それが天賦の才能と相俟って彼女を成功に導いたわけだろう。コンクールではあえなく敗退か、上手くいってもいつも次点、努力の甲斐あって檜舞台に立ち順風満帆かと思えば、二人の娘を設けたパートナーとの離婚、人気オペラ歌手の宿命である世界中の旅から旅への生活、幕が開く前の尋常ならざるストレス、客席にいて演し物を楽しむ私たちには覗い知れない部分が赤裸々に語られている。すうーと腑に落ちるところが多くて、とっても不思議な魅力に満ちた本だ。第三者のライターが書けば、提灯持ちか、批判になってしまうスター本、自身が気負いなく等身大の姿をさらけ出しているのは希なことだ。

最近のメトロポリタンオペラの来日公演では看板スターの筆頭に彼女の名前がクレジットされている。昨年の公演でもそう。三つの演目を引っ越しで持ってきたのですが、二つまで観たものの、彼女が出る「椿姫」だけはあっさり見送った私。山野楽器のころからは何年かの時が流れ、この人だったら格段の進歩があったかも知れないなあと、今にして思う。

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