ミラノみやげ ~ スカラ座騒動記
2007/3/24

週末に会った東京のともだちから、結構なものをいただいた。それは、ミラノのお土産、葉書より少し大きい程度の色とりどりのチラシ。しかし、これはそんじょそこらで手に入るものではない。オークションに出せば値が付きそうな非売品も非売品。先月20日、ドニゼッティ「連隊の娘」初日の幕切れに、スカラ座の天井桟敷からばらまかれた総監督リスナー氏への抗議のアジビラだ。

二回りぐらい大きい当日のキャスト表(無料でもらえる)とデザインがそっくりなのがご愛敬。アジビラのほうは床に落ちて踏まれた靴あとまであり、臨場感にあふれている。イタリア語、フランス語、英語が混在した文面は、おおよそ次のような意味だと思う。

ムッシュ・リスナー、ゴー・ホーム。パリ行きの列車に乗りな(TGVがいいぜ)。行っちまえ。パリでは上出来、たぶんロンドンでも。ところが、ミラノじゃどういうことだ。俺たちはカーセンの「キャンディード」を観たいんだよ。あんたのじゃなくてね。ミラノの人間だって、ロンドンやパリの連中並みの頭は持ってるよ(原文の単語はCONPRENDEREのスペルミスと推測)。あのサーカス小屋みたいなアイーダなんてもう沢山。音楽は終わりだ。馬鹿にされた天井桟敷の住人より。

とても短い文章なので私の解釈(訳文)には誤りがあるかも知れない。シーズン後半に予定されているバーンスタインの「キャンディード」には各国首脳をコケにしたようなカーセンの演出もあって、リスナー総監督がスカラ座での上演に難色を示し、演出家に手直しを要求したこと、また、シーズン開幕の「アイーダ」での豪華絢爛大スペクタクルの舞台の一方で、思い上がったプリモ・ウォーモに象徴される音楽面での空疎さという伏線がこのチラシの背景にあるのかと想像する。それにしても、「連隊の娘」の幕切れ、「フランス万歳!」のコーラスに合わせて、天井桟敷から紙爆弾が投下されたとのことだから、これぞミラノのエスプリ。

この夜の公演、実はこの騒動はパート2で、舞台そのものにサプライズがあったようだ。

歴史的瞬間というものがあるとすれば、これ。スカラ座での74年ぶりのアンコール。トニオ役のファン・ディエゴ・フローレスがやったらしい。昨年のオーチャードホールと同じナンバー、あのときもアンコールがあったが、スカラではとは! 翌日の"CORRIERE DELLA SERA"も見せてもらった。「スカラでタブーを破ったフローレスのアンコール」

「そりゃあ、大事件ですよ。トスカニーニやムーティが許すはずもないことなのに!」と、第一報を聞いて驚きのレスポンス。もっとも、「ナブッコ」のコーラスでは、この74年間に2度アンコールはあったらしいが、ことソリストとなると…

オープニング演目「アイーダ」でのアラーニャ事件に続くフローレス事件といっても過言ではないのでは。あちら前代未聞の途中退場、こちら74年ぶりのbis、ずいぶん違う。こんなことが起きるのも、いかにもスカラ、さて、このあとに予定されている大野和士のショスタコーヴィチ「ムツェンスクのマクベス夫人」では何が飛び出すか…

この「連隊の娘」のプレミエ、当初予定はナタリー・デセイでしたが、裏キャストのデジレ・ランカトーレのマリーに替わっている。東京でエレナ・オブラスツォヴァが演じた役もマリリン・ホーンはキャンセルだったとか。もちろん、私自身は聴いていないので、何とも言えないが、ランカトーレには大方はよい反応、でも第2幕のアリアでは一部ブーイングもあったとか。彼女の音色だと、スカラではひょっとしてと思っていたけど、やはり。美しい声なのに単一のムラのない音色ではないし、オペラ歌手の場合、複数の音色を持つということは褒め言葉ではない。でも、どんなだったんだろうか。

しかし、こんなに面白いことが起きる今シーズンのスカラ、また行きたくなる。

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