草津白根山ハイキング ~ 初見参、雪なし風景
2010/7/24

金曜の夜に東京を出て、日曜の午後に横浜に戻る。その間の時間をいかに過ごすか。思いついたのは秘境秋山郷だ。金曜のうちに高崎まで入り、翌日はレンタカーで草津から志賀高原に抜ける。そこからは雑魚川林道を辿り切明温泉で宿泊、戻りは新潟側から関越道経由で高崎に戻るというコース。京都からの切符は通しの往復、新幹線はひかり指定、レール&レンタカーの割引をフル活用するとレンタカーは実質タダになる。

高崎からは一般道、406号で須賀尾峠を越えて草津に向かう。梅雨明け十日、晴天が保証されているとは言え、生来の雨男、この先は降雨量規制のある道ばかりなので、心配なのは雷雨だけ。白根レストハウスの駐車場に着いたのはお昼前だ。本白根山の往復をゆっくり3時間とみても空模様は全く問題なさそう。ロープウェイ乗り場までは無料シャトルバスを利用。そこからゆっくりと歩き出す。いきなり2000mに来ているのだから無理は禁物。

途中省略でいきなり高山帯というのも山登りらしくないが、楽なことこの上なし。大汗をかいて体が軽くなった頃に爽やかな稜線というパターンもあれば、文明の利器の御利益にあずかることもある。関西では高山の雰囲気を味わえる場所は限定的になるが、東京からだと各地へのアクセスも容易だ。1時間も歩かないうちに森林限界の上、足下には高山植物、コマクサが多い。硫黄臭が漂ってくることで、この一帯には登山規制があることを思い出す。そう言えば、志賀草津道路(国道292号)を自転車を押して登っている外人を一人見かけたが、あの人は大丈夫なんだろうか。自動車でも駐停車禁止、谷筋は走り抜けるように指示する看板があったぐらいなのに。

岩峰になっているところが見晴台、本白根山の頂上は立入禁止のため、その手前の2150mが、入山可能な最高地点ということらしい。百名山ピークハンターたちには残念なことだろうが、白根山はこの一帯の総称だしどうでもよいこと。火口群、水の溜まったものもあれば、涸れたものもある。周遊コースは涸れた旧火口から、鏡池を経由して出発点に戻る。

ちょっと遊歩道から外れ5分ばかり下るので鏡池まで降りる人は少ない。遠目に斑模様と見えたのは火山活動の結果としての砂礫の亀甲模様とのことだ。これも池の畔まで来ないとよく判らない。窪地で暑いんじゃないかと思ったら、意外、涼風が抜ける。そうか、池の表面は鏡じゃなくて洗濯板のように細波が立っていたから当たり前か。

回遊3時間たらず、汗は出るが、そこは高山、心地よさのほうが勝る。白根レストハウスに戻って、今度は反対側、観光客エリアの湯釜展望台に向かう。午前中は真っ直ぐ火口壁に登る道に人影があったはずなのに、そちらは立入禁止になっている。午後になって風向きが変わったんだろう。湯釜の西側のピークに続くコンクリートの歩道を辿る。足場が固く、緩急のない傾斜が続くので、意外に疲れる。走っている子どももおれば、道ばたで動けなくなっているお年寄りも。平地から突然に標高2000mを歩けば、下手をすれば命に関わる。有毒ガスもさることながら、ここでは雑踏の中での遭難もあり得る話だ。

火山活動で木も生えない湯釜周辺は、ここだけが特異な風景だ。火山のない地方に住んでいると、たまに目にする活火山は珍しくて見飽きない。

草津白根山は初めてじゃない。志賀高原でのスキーの帰路、山越えで草津に滑り降りたのはずいぶん昔のことだ。そのときから山は変わっていないはずなのに、目に入る光景には雪がないぶん同じ場所という感じがしない。志賀草津道路の山田峠から振り返る白根山はなかなか立派だ。この風の強い稜線をスキーを担いで登ったんだ。渋峠、熊ノ湯、木戸池、蓮池、高天原、一ノ瀬、奥志賀、焼額山、この一帯はくまなくスキーで滑り尽くしたところなのに、やはり雪がないとなんだか勝手が違う。

私は初めてスキーを履いたのは、大学1年のとき、ここ志賀高原の高天原だった。西館山のゲレンデの横にあった夏用バンガローを借りてのスキー合宿、考えてみれば借りるほうも借りるほうだし、貸すほうも貸すほうだ。老朽化したバンガローは取り壊されて今では跡形もない。ホテル銀嶺というロッジは昔は銀嶺荘という名前だったはず、ここがバンガローのオーナーだったと思う。懐かしくて思わず、車を駐めた。

志賀高原のいちばん奥、焼額山がスキー場として開発されたのはちょうどあの頃だ。今ではずいぶん奥までスキー場が広がっている。こんなふうになったのは、FISワールドカップのときなのか、それとも長野オリンピックのときなのか。少なくとも私が知っているのは、たった一本のコースしかなかったときのこと。焼額山のてっぺんから一ノ瀬ファミリースキー場に尾根づたいに下るミニツアーコースを滑ったことがあるが、今じゃ普通のゲレンデになっているかも。開発の当事者は凋落し、今では名前さえ聞くこともなくなったが、スキー場は健在のようだ。

その焼額山からさらに奥へ、雑魚川林道を進む。道幅は少し狭くなる。奈良の山奥の道を走り慣れた自分としては、秘境に向かう道にしては立派すぎる印象だ。スイスイ走って5時には露天風呂かというペースだ。
 途中、名瀑大滝という標柱が林道脇に立っていて、寄り道に決定。沢に向かって下ること20分あまり、ちょっと気軽にというには心細い道の長い下りだ。片道700mとの表示だが、不動産広告なら80m/分でも、街中の道ではないからそれぐらいかかる。これでしょぼい滝だったら怒るところだが、いやいや、これは大迫力。巨大な一枚岩を二段に流れ落ちる。水量もさることながら、中段に丸くえぐれた洞穴状のところがあり、そこに水飛沫が渦巻く。この形が出来上がるまで、どれほどの年月を要したのか。秘境の道すがらに相応しい姿だ。往復する間、誰ひとり出会うことはなかった。

雑魚川と、群馬県境を越えた野反湖に発する中津川が出合うところに切明温泉がある。ここは長野県の東の端、行政区分は下水内郡栄村である。秋山郷は「北越雪譜」で名高い鈴木牧之の「秋山紀行」で紹介されたことを知っているが、鈴木牧之は魚沼の人だから秋山郷にも越後のイメージがある。それもそのはず、秋山郷から中津川を少し下ると信濃と越後の国境である。今もバスは新潟県の津南から通ってくる。そもそも、秋山郷から村役場に行くにしても、鳥甲山がドンと立ちはだかっているので、いったん新潟県を経由して行くしかないところだ。なぜここが長野県なのかとの疑問も湧く。

そのあたりの詮索はともかく、財団法人栄村振興公社が運営する切明温泉雄川閣に旅装を解く。中高年BMWバイク部隊が宿泊している。あれは私のレンタカー何台分ぐらいかの値段がするぞ。きっと秘湯ツーリングのグループなんだろう。こんな山中だと二輪だと危険がいっぱい、転んだら骨折しそうな年代の人もいるが、山の遭難と違って車道の事故ならすぐに発見・救助されるし、集団での行動はセーフティネットだとも言える。一人で山登りする自分の感性とはずいぶん違うなあと思うが、それぞれの楽しみ方か。

宿の露天風呂に入ると河原から丸見え、その河原ではめいめいでスコップで穴を掘ったじぶん温泉に浸かる人の姿が何人か。これじゃ掘らなくてもすむだけで環境的には大差ない。まあ、野趣は溢れすぎるぐらいで、これも秘境の売りのひとつだろう。翌朝はさすがに持参した海水パンツ着用で河原に。源泉から流れる湯と沢の水がほどよく混じった先人の穴を利用、スコップ持参で記念撮影だけする人たちもいる一方、こちらのようなちゃっかり組もいる。

先を急ぐ旅だけど、ぜひとも寄っていきたいテツの名所がある。栄村役場の最寄りとなるJR飯山線森宮野原駅だ。7m85cmの最深積雪記録の標識が線路の脇に立っている。そんなに積もったら、いくらラッセルしたところで列車の運行は難しかろう。この季節、大阪や東京並みに暑くて、とてもそんな景色は想像出来ない。季節の落差、このあたり半端じゃない。

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