小湊鐵道で養老渓谷へ
2010/12/4

北陸では「鰤起し」と言うらしい。二つ玉低気圧が勢力を増しながら日本列島を東漸、雷が荒れ狂うと、日本海の魚が美味しくなる。ちょうど東京出張、豪雨の余波で新幹線は朝から運転見合わせがあり、ずいぶん到着が遅れた。何とか仕事には間にあったが、自然には勝てない。強風は午後も続いて東京湾アクアラインも終日通行止だった。

台風一過のようなものである。翌土曜日は見事な晴天、最後の紅葉狩りとテッちゃん三昧に房総へ。「鉄子の旅」はJR久留里線から始まるが、向かうのはその隣、小湊鐵道、JR内房線五井駅がスタートだ。紅葉の名所、養老渓谷まで行く列車は一時間半に一本程度、五井駅の小湊鐵道ホームに停まっているディーゼルカーはラッシュ並みの混雑。ほとんどが養老渓谷に向かうハイキング客、高齢者のグループが多い。列車は田園地帯をトロトロと走る。千葉県の常でどこも同じような田んぼと丘陵地帯で、大した眺めでもないが、混んだ車両で立ちっぱなしというのはなかなかきつい。先頭車両は団体貸切のようで、がらんとした車内が恨めしい。二両目の乗客からは怨嗟の声も。まあ、暇を持てあまして遊びに行く人間ばかりだから、暴動にはならないが。

あれだけ混んでいたのに、終点の一つ手前、養老渓谷駅で車両は空っぽに近くなった。先頭車両も無人になって車両間通路も開放、となるとテッちゃんは当然かぶりつきに移動だ。ようやくローカル線の味わい、墓地の中を突っ切ったり、線路脇に紅葉が迫ったりと、この区間が一番面白い。

小湊鐵道は上総中野駅が終点で、養老渓谷駅と上総中野駅の間に内房と外房の分水嶺がある。水の流れはは東京湾か太平洋かということになる。といっても顕著な稜線があるわけでもなく、なだらかな傾斜で登りから降りに転じるのが感じられる程度だ。

終着の上総中野駅はいすみ鉄道の終着でもある。小湊鐵道はその名のとおり外房線の安房小湊まで伸ばす予定だったらしい。一方のいすみ鉄道は外房線大原から久留里線を経由して木更津と結ぼうとしていたらしい。つまり房総半島中央部をX字にクロスして鉄道が敷かれるはずが、上半分が辛うじて上総中野でくっついたということだ。なんだか互いに思う人がありながら、その人とは結ばれず手近なところで妥協した男女のよう。と、例えが悪いかな。それもあってか、二つの私鉄の終着なのに直通運転するわけでもない。分水嶺を外房に越えているせいか、上総中野駅はいすみ鉄道のダイヤのほうが頻繁である。もっとも、こちらは一両だけのレールバスだが。

さて、上総中野の駅前からバスで再び分水嶺を越えて養老渓谷に向かう。穏やかな週末、粟又の滝への遊歩道の入口付近では車は渋滞、観光客は鈴なりで賑やかなものである。ここから約一時間、川岸の道をのんびりと下っていく。カメラ片手、どの人も紅葉撮影に余念がない。

養老渓谷は妙な地形だ。流れは緩やかで川幅も広い割に両側は結構急峻である。地質も左岸と右岸ではちょっと違った感じだ。なだらかな丘陵地帯の中に意外な段差が生じているのは断層の故か。予備知識を仕込んで訪れたわけではないので想像するにとどまる。後知恵でしかないが、養老渓谷には耕地確保のための川廻しの跡とか、面白い地形があるようだ。

滝めぐり遊歩道の終わり、水月寺の近くには100円を取る幻の滝なるものがあり、ちょっとした奇観だ。滝そのものは歩道からは見えないので入場料を取るとは考えたものだが、渓谷に落下する滝の水源が謎だ。伏流水なんだろう。上流が見えないのに突然けっこうな量の水が噴き出している。はて。

増発されているバスに飛び乗ったのはよいが、上総中野駅では次の五井行きまでは一時間待ち。時間の止まったようなローカル線の駅の周りで過ごしていたら、突然、焼き芋の差し入れだ。どこまでが構内かはっきりしないが、ホームのはずれか駅前広場の片隅かで近所のおじさんが焼いていたらしい。観光ボランティアみたいなものか。

「みんな養老渓谷で降りる。終点のここまで来てくれた人に食べてもらうために、焼き芋を作ってる。この道具は年金つぎ込んで買ったんだ」とか何やら、ほくほくの焼き芋をいただく代わりにおじさんの自慢話をひとしきり聞くというシステムのよう。長閑なものである。

帰りは始発駅からの乗車だから、ゆっくり座って五井に戻る。駅には車内にクリスマスデコレーションを施した車両も停まっていた。一時間ガタゴト揺られたあとに乗ったJR内房線、揺れもなくて速いこと、同じ鉄道でこうまで違うか。在来線から新幹線に乗り換えるよりも大きなギャップだ。東京から海底トンネルを使えば一時間、紛れもない首都圏なのに、こんな骨董ローカル線が現役とはね。内房線の車窓からは東京湾沿いの工業地帯の向こうに富士のシルエットが見えた。

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