歴史の峠を結ぶ ~ 十三峠から暗峠へ
2011/1/2

年越し寒波も一段落、穏やかな日和となった新年2日、お昼前に思い立ってカミサンと山歩きに。食べ過ぎ、飲み過ぎで重くなった体を絞りに近場に出かける。生駒山と信貴山とを結ぶ尾根歩きだ。初詣で賑わうどちらにも行かず、ちょうど真ん中部分だけ、二つの峠を往復する。

生駒の中腹の広域農道を伝って行くと八尾と平群を結ぶ十三峠まで30分ほど、この山越えルートはお気に入りで、第二阪名を使えば速いのに車でよく通るところだ。峠の大阪側に展望のよい駐車場があり、ここに車を駐める。車に長いアンテナを立てた人たちが何人かくつろいでいる。無線でもやっているのだろうか、遮るもののない場所だから通信には好適地だ。あたりには早くも椿が花盛り。

信貴生駒スカイラインの下をくぐり歩き出すと、そこは十三塚、車で通るときは駐車場から景色を眺めるだけなので、こんなものがあるのを知らなかった。十三峠の名前の由来らしい。小山に等間隔で13の僅かの膨らみ、大きさといい傾斜といいピッチャーズマウンドのよう。でも、塚の部分を残して周りの萱を刈っていなければ気付かないかも知れない。細かい等高線が記入された看板の測量図ではきれいな円形が描かれている。とても面白い。国内のあちこちに十三塚はあるそうだが、完全な形で残っているのは大変珍しいようで、重要有形民俗文化財ということだ。

この十三峠を越える道は業平道と呼ばれることもある。これは「伊勢物語」の「筒井筒」の話に由来する。業平とおぼしき登場人物が河内国高安の愛人の許に通うのに辿ったのがこの道ということだ。私は小学生のころまで近鉄大阪線の高安駅の近くに住んでいたこともあり、高校生のころ「伊勢物語」に高安の地名が登場するので驚いたものだ。この「筒井筒」の原文はとても短いが、いま読み直すと行間にいろいろのことが見えてくる。「風吹けば沖つしら浪たつた山よはにや君がひとりこゆらむ」

それにしても、近鉄電車も阪奈道路もない時分、好きな女の許へとは言いながら、半日はかかるだろう山越え、なんともご苦労なことと思いつつ、十三峠から北へ稜線の道を辿る。信貴生駒スカイラインと即かず離れずということだが、自動車専用道路を歩く箇所はなく、陸橋や道路下のトンネルで越える。子どものころ、この自動車道の開通により登山道が寸断され、その後ハイカーの姿が消え山歩きの対象ではなくなったが、ウォーキングのブームで復活しているようだ。

少し歩くと、鐘のなる丘という場所、大阪平野の展望台になっている。飛び込み台にしてはプールがない、バンジージャンプには少し低い、妙な階段が空に伸びている。二人ぐらいしか立てない狭いてっぺんにに上がると、なるほど、これは展望広闊、正月のこと、大阪平野は言わずもがな、明石大橋、淡路島、関西国際空港あたりも視界に入る。

この展望台の袂にはピンクとブルーの巨大リング、なんだこりゃと近づくと無数の南京錠である。カップルたちが取り付けたもののよう。そういうデートスポットになっているらしい。あまりに数が増えたので、みんなまとめて近日中に融解処理して記念プレートにするとの掲示がある。せっかく二人の名前を書いていても、みんなぐちゃぐちゃ、入り乱れてということか。まあ、世の中、そういうものだろう。

生駒山は642mで低山の部類だが、大阪側は傾斜がきつい。だから眺めも良いわけで、電波塔も林立する。今回はそこまで行かず、鳴川峠を経て暗峠まで、ゆっくり2時間ほどかける。ハイキングする人ともしばしばすれ違う。みんな正月のシェイプアップかな。なるかわ園地まで来れば暗峠まではすぐである。

暗峠にはこれまで二度訪れている。それぞれ車と歩きの峠越えであるが、車のときは大阪側の急坂で対向車とのすれ違いで脱輪、お尻を押してもらって脱出した思い出がある。対向ままならぬ狭さと、とんでもない傾斜、これでも国道、峠部分は石畳というのだから、酷道マニア憧れの地でもある。そういうドライバーにライダー、ご苦労さんとしか言いようがないサイクリストなどで賑わう場所だ。「日本の道100選」なんてのは最近のことだが、遣隋使や遣唐使の通った道だし、近いところでは郡山城主柳沢家の本陣だったところ。その家は茶店になっているが、正月なので本日休業。

松尾芭蕉がここを越えたのは元禄7年9月9日、だからその句も、「菊の香にくらがり登る節句かな」。ところが、そのひと月後には大阪で没している。食中毒とも赤痢とも言われている芭蕉の死因については、潰瘍性大腸炎ではないかとの説もある。いずれにせよ、暗越のときはまだ元気だったのだ。前泊の奈良から大阪に一日で達しいることからもそれが窺える。

昔のことなど知る由もなく、軒先で犬がのんびり昼寝をしている。寒さは和らいだとはいえ、標高500m近い峠のこと、犬のくせに丸くなって寒そうである。こちらも、ビスケットをかじり柚子ジャムをお湯で溶かしたホットドリンクで暖まる。そして、もとの道を引き返す。十三峠と暗峠の標高はあまり違わないのに、復路のほうが短く感じたのは、きっと道草が少なかったからだろう。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system