えべっさんにオペラ
2011/1/10

ほとんど家に籠もっていた三連休の最終日、午後から大阪市内に向かう。行き先は難波。今宮戎の帰りか、笹を手に持った人の多いこと。大阪は初詣よりもこっちだなあ。でも、私は南海電車に乗る訳ではなく、昔の大阪球場跡地のなんばパークスが目的地、ここの上階にある映画館だ。

ついぞ映画なんて観ていないので、今どきのシネマコンプレックスは勝手が違ってキョロキョロ。10館ほどある様子だ。一日一回きりの上映、しかも興業は一週間ほどというMETライブビューイングがお目当てである。3500円は映画にしちゃ、ちと高い。つい最近の上演を収録したものだけど、もちろん本当のライブであるはずもない。録画をこの値段とは阿漕な商売だけど、今回の演目は普通の映画なら2本以上、4時間半の上映だからまあいいか。

演目は「ドン・カルロ」。それに入場して判ったのは、上演館がプレミアムシートのみのシアター9、これは立派、グリーン車より広い座席でゆったり、各座席両側の肘掛にはドリンクホルダーが付いているし、座席間に荷物置きスペースまであるぞ。まあ、この値段に似つかわしいサービスかも知れない。客席数は123、そこにわずか30人ほどの入場者だから、これは閑古鳥状態。連休の最後で明日は仕事だし、上映終了が23時近いということもあるが、大阪にオペラファンがいないわけではないのに、財布の紐は固い。シビアである。

METライブビューイングは前に一度新聞の招待券が当たって神戸で「ボエーム」を観たことがあるが、あれからシーズンを重ねただけに、映像にも一日の長がある。カメラワークもずいぶん進歩した。ワンパターンのズームインばかり見せられたプッチーニとは大違いだ。とは言え、やはり音響はなかなか馴染めない。どこで音を拾っているのだろう、自分の聞いている位置がどこなのか一定しないので落ち着かない。これは劇場とは全くの別物と割り切って鑑賞するしかない。かつてMETで、私の定位置だったファミリーサークル(いわゆる天井桟敷)では見えない部分に気付くというメリットもある。

いまどきのオペラ歌手は大変だ。舞台中央に突っ立って素晴らしい歌を聴かせればOKという時代じゃないので、演技や表情にも腐心しなければならない。情け容赦なくカメラのクローズアップが狙う。METがシーズンの主要演目をこういう形で映像配信することで、ビジュアル面の優劣によって出番を失った歌手もきっといるだろう。

ロドリーゴ役のサイモン・キーンリイサイド、ウィーンで同役を歌ったときに接し、彼こそロドリーゴの理想像だと思った。ただ、この人はいつも動きすぎの嫌いがある。あんなに動かないほうがと思うし、その動きが彼の歌の品格を低く見せてしまうようなところもあって残念だ。フィリッポ二世役のフルッチョ・フルラネットが動きを抑制して、歌の品格以上の印象を与えているのと対照的かな。これは役柄の違いとも言える。

この二人のほか題名役のロベルト・アラーニャが思いのほか良い。スカラ座騒動の記憶が強烈で、もう過去の人になったのかと思っていたが、そうでもなさそう。カルロとロドリーゴの場面では、贅肉の全くないキーンリイサイドと二重顎のアラーニャのアップになるので、なんだかおかしい。彼はダイエットが必要だろう。

このキャストで一人凹んでいるのはエリザベッタ役のマリーナ・ポプラフスカヤ、荒川静香をもっと四角くしたような個性的な顔立ちのロシア人、終わりに最大の聴かせどころがあるこの役で、終幕の長丁場を前に息切れ状態ではどうかなとも思う。あまり買えない。

指揮のヤニック・ネゼ=セガンという人は初めて見る人だ。インタビューに答えていた内容からは、フランス系カナダ人で合唱指揮からキャリアを築いてきた人らしい。歌手からの評判がとても良い。ポプラフスカヤなどは絶賛している。でも、ここらが難しいところで、舞台で歌いやすいことはとても重要だが、歌手に合わせすぎると、音楽としてゆるふんになりかねない。この公演でも、アラーニャとフルラネットについてはもっとピットから手綱を締めてもというところも感じた。

METライブビューイングでは開演前や休憩中も客席の様子が映されているので面白い。サイモン・ラトル夫妻などがひょこっと見えたりする。客席映像は低層からのカメラなので舞台には近いのだけど、私が馴染んだ眺めはもっと遠くて高いところからなので、かえってライブ感がないなあなんて思う。

今シーズンの新演出ということで、豪華さはないもののMETらしいオーソドックスな演出だ。豪華キャストの映像が残っているジョン・デクスター演出では、冒頭にフランドルの人たちの場面が置かれた見慣れぬ5幕版だったが、今回の映画では一般的なイタリア語5幕版だ。6月の来日公演では旧演出だが、音楽はどの版でやるのだろう。いずれにせよ、日本へは廃棄前の舞台装置を運んでの公演で、輸送費は片道分で済む。なんだか侘びしい気もするが、どっこい日本公演のキャストはこの映画よりもずっと強力だ。名古屋に行くのが今から楽しみ。

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