高瀬川トレッキング ~ 湯股温泉まで
2015/10/26

せっかく松本まで来たのだから、音楽だけ聴いて帰るなんてもったいない。もともと、ここは山登りで頻繁に訪れた町だ。計画は焼岳の日帰り、ところが生来の雨男、目覚めたら雨脚が強い。まさに天気予報どおり。停滞前線が本州を横断し北に南に揺れているのだから降らないほうがおかしい。今どき天気予報の精度の向上は目覚ましく、昔はなかったメッシュ予報で狭い範囲の予報なんてのもある。
 被災地の天気ですっかりお馴染みになった天気予報の地域細分化、テレビで見る長野県のの度合いも凄い。山脈が何本も走る県内、所によって空模様が全く違う様相になるからだろう。それで、松本地域は日中小康状態もありそうと、篠突く雨の中、レンタカーを北に向ける。さすがに中部山岳の登山は無謀、麓のトレッキングに予定変更だ。

焼岳を中心に25000分の1の地図を4枚持参したが、目的地が変わるとそれでは足りない。ここでお役立ちが観光案内所で貰える大町市が作っている無料の地図だ。人気のようで現地では見かけない。これはれっきとした登山地図で昭文社あたりから出ているものに遜色ない。地図がなくても大丈夫なコースにしても、永年の習性、地図と磁石がないと落ち着かない。

10年ほど前に縦走したときの出発点がやはり高瀬ダムだった。さらに遡れば40年ほど前、初めての北アルプスの下山もここだった。当時は高瀬ダムどころか、その下流の七倉ダムも出来てはいなかった。この二つのダムは上の湖と下の湖との間で揚水式の発電を行なうものだ。一般車乗り入れ禁止になっている高瀬ダムに向かうタクシーの運転手さん曰く、「今年は上のダムがずっと満水なんです。東京電力が首都圏大停電に備えているとかです」

へえ、そうか、ここにも震災の影響か。考えてみれば、揚水式発電は夜間の電力を使って水を上に揚げて昼間に落として発電するもの、平時ならば原子力発電の余剰電力の捨て場とも言える。もちろん多目的ダムだから発電以外の効用はあるにしても、アンチ原発の観点だと原発とセットの揚水発電、これは原発のために造ったダムということになる。安上がりと言われてきた原子力発電のコストにはダム建設の膨大な経費は算入されていないだろうし、それを措くとしても今回の気の遠くなるような事故処理コストを思うと、原発は安上がりという神話は完全に崩壊した。

七倉・高瀬ダムは烏帽子岳に向かうブナ立尾根の登山口になる。10年前には砂防工事中だったためダム湖を船で渡った。今はそれも終わり、ロックフィルダムの西側から烏帽子岳方面への道が通じる。高瀬渓谷へは堰堤東側のトンネルに入る。普段なら地場産の電力が有り余っているはずだが、足りないのか単なるポーズなのか、トンネル内の照明は消灯、内部は真っ暗だ。代わりに懐中電灯が用意されている。雨に濡れないのはよいが、暗いトンネルは不気味だ。

二つの長いトンネルを抜け、しばらくは電源開発用の車道を行く。ダム湖のはずれが車道の終わり、そこからは川沿いの歩道、小雨の中の森林浴といったところ。この天気だからカエルの多いこと。踏みつけそうになってギョッとすることが何度も。もっとも、驚いているのは先方だけど。

降ったりやんだり、ときどき日差しもあるが、基本的には雨模様。途中、晴れていたら槍ヶ岳が望めるらしいが、そんな期待など出来るはずもない。この渓谷を詰めれば湯股温泉を経て千天出合、北鎌尾根の末端だから槍ヶ岳は確かに真っ正面のはずだ。

2時間半ほど歩き、硫黄の臭いが漂ってきたら目的地近し。吊り橋を渡れば湯股温泉晴嵐荘だ。温泉旅館風の名前だけど、ここは正真正銘の山小屋だ。稜線の小屋と違うのは温泉があるということだけ。

「こんにちは。お風呂は入れるんですかね」
 「昼間はお湯を落としているんです。温度がすぐに下がってしまうんで」
 「ああ、そうなんですか、露天風呂もあるとかですね」
 「うちの露天はあっち、ちょっと河原に下ったところ、ここからは陰になって見えないけど」

山小屋のおじさんと、そんなやりとり。お昼のおにぎりを食べ終えて、露天風呂なるものを偵察。確かにあった。切明温泉のような河原に掘ったプール状のもの。もちろんオープンエアー、見られて減るもんじゃないにしても、深くもないし水苔がいっぱいで裸になるのはためらわれる。それで、足湯、湯加減はちょうどよい。

山小屋の前からは後立山連峰の稜線に登る竹村新道の道標がある。黒部五郎小屋、水晶小屋へのコースタイムが書かれている。この道を辿ったことはないが、どちらもかつて足跡を印した山だ。もうひとつ、さらに湯股川を遡り三俣山荘への短絡ルートである伊藤新道という登山道があったはずだが、利用者が少ないこと、沢沿いのルートで保持が困難なこと等で廃道化したんだろう。今は登山地図にも記載がない。

夏休み時期とは言っても月曜日、天気も悪いし登山者の姿は稀だ。下山してきた人たちは雨具で完全防備、上ではかなりやられたはずだ。こちら、トレッキングだし、雨具の上着は着けてもメインは傘で充分。ともあれ、静かな山を満喫と、雨男の負け惜しみ。
 そして翌日訪れた大町山岳博物館でも北アルプスは雲の中、あのあたりが針ノ木とかなんとか。そもそも山岳博物館に行くこと自体が悪天候の証明である。こちらでは前日よりたくさんの山屋のご同輩たち。雨が降れば山岳博物館は大繁盛。

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