三徳山投入堂に登る
2012/4/25

絶壁にへばりついたお堂、つとに有名な奇観、写真で目にしたことはあっても、それが三朝温泉の近くだとは全然知らなかった。定年でしばらく暇な時期、カミサンとお義母さんをつれて旅行でもという話になり、運転手役として山陰に車を走らせた。二人が親子水入らずで倉吉の街巡りをしている間、私は一も二もなく山登り、みんなハッピーなべストミックスの成立だ。

平日の遠出なんて、ついぞ経験がない。高速道路の空いていることに驚く。難点は料金が高いこと、障害者割引があるものと思っていたら事前登録の車でないと適用されないというものも知らなかった。大阪から3時間少し、お昼過ぎには倉吉に着き、赤瓦白壁の古い街並みで二人を降ろす。そこから30分ばかり、三朝温泉を抜けて山に入ったところが三徳山三佛寺、いきなり急な石段が始まる。これじゃ本堂までだってペースメーカーのお義母さんにはとても無理、別行動プランは正解。

石段を登ったところに参拝受付がある。入山料400円、投入堂まで行くならプラス志納金200円ということ。ところが…

「投入堂まで登られるのでしたら、二人以上ということになります。単独での登山はご遠慮願っているのです。頻繁に滑落が起きていて死亡事故も発生しています。お一人ですと万一の場合に場所も特定できず、最近も捜索に三日を要したことがありました。事故防止の柵などを設けるという方法もあるのですが、ここは修行の山なので私どもの選択としては安全よりも修行を重視したということをご理解ください」という様な趣旨を、立て板に水の如く告げられる。

えっ、そんなことは知らなかったと言っても詮無いこと、強行突破するには分別もある歳、せっかく来たのに登山は断念して倉吉に引き返す羽目になるのかと少し落胆の表情。すると…

「もし、お一人の方が来られるようであれば、お二人で登っていただくなら問題はありませんが、ただ、どれだけお待ちいただくことになるか」と、わずかな希望が。

ゴールデンウィーク前の平日、しかも午後、今日の参拝客は少ないらしい。いや、きっとご同輩が現れるはずだ。とりあえず、お弁当のつもりで買った稲荷寿司を受付前のテーブルで食べることにする。

三個目を頬張ったとき、タクシーの運転手に伴われて登ってきた70代とおぼしき男性、「ああ、よかった。ひとりの人がおられました」と、本人と運転手の二人して欣喜雀躍となる。こちらは、待つというほどの時間でも何でもなかった。カナダのスキー場のペアリフト乗場で"Single?"という呼びかけに前に並んだカップルをごぼう抜きするような感じさえする。

かくして俄パーティを編成、中高年二人組と相成る。登山口で六根清浄の襷を掛けて歩み出す。相方は埼玉県から来られた人のようで、早速白装束に着替えられたのにはびっくりする。あちこちのお参りをされていて投入堂は念願の場所だったとか。私のような温泉旅行のついでに登山という輩とはどだい心掛けが違う。

槍ヶ岳や劔岳に比べれば造作もない山登りでしかないが、木の枝や根を掴んでよじ登る、足場を確かめつつ岩場を辿る、鎖やロープを利用するといった場面が多いのは確かだ。登山の心得がなく物見遊山気分で入山して事故に遭遇することは充分に考えられる。山慣れておれば往復1時間程度だが、そうでなければ倍近い時間がかかるだろう。

投入堂に至るまでに、文殊堂、地蔵堂、鐘楼堂、観音堂など、いくつかのお堂がある。いずれも狭い尾根上やオーパハングの下に造られたもので重要文化財クラスである。そして最後が投入堂、こちらは国宝。ここはお堂に上がることはできず、10mぐらい手前で眺めるのみ。この先は岩登りの世界になる。平安の頃のものだというが、この崖に足場を組んで造ったのだろうか、何とも不思議な建造物だ。

「先輩とお会いできて、ここまで来られました。ありがとうございます」と言われると恐縮してしまう。そして、暫し経文を唱えられるのを聴く。まるで修験者と登山者のコンビのよう。歩くときは間が開かないように後を振り返りながら、ときどきホールドやステップの位置などを指示させてもらったが、私よりも10歳以上は年上の方と見受けた。この方にすれば頑張って念願の投入堂だ。登りの途中はカメラを取り出す余裕もなかったとのことで、私が撮った行程のスナップは後日お送りすることにする。おかげさまで、投入堂まで来られたのはこちらも同様だ。

往路は素通りした本堂にお参りして帰路に着く。連休ともなれば相当に賑わうと思うが、今は閑散としている。倉吉まで二人を迎えに行くので、途中の三朝温泉まで私の車でお送りする。最近お兄さんを亡くされたとのことでお参りの旅だそうだ。来月には恐山まで行くとおっしゃっていた。きっと仲のよい兄弟だったんだろう。そんなことで、旅は道連れを地で行く投入堂となった。

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