もう一つのお伊勢参り ~ 朝熊ヶ岳
2013/4/27

まだ鼻づまりは残っているものの、ゴールデンウイークともなれば花粉の季節も終わりを迎える。そろそろ山登り、足慣らしのつもりで伊勢に向かう。5月いっぱいの近鉄の株主優待乗車券が残っている。これを使わねばということ。そもそもこの乗車券、最初に送られて来たものが裏面の磁気異常で再送付となったものだ。もちろん最初の分も有人改札でスタンプを押してもらえば使えるので、いつもの倍の枚数ということになる。近鉄にしてみれば得べかりし収入をフイにしたわけで太っ腹の措置だ。ありがたく遠出させていただく。急行と普通を乗り継いで鳥羽線朝熊駅まで3時間近い道のりとなる。

近鉄鳥羽線は比較的新しい路線で、鳥羽から先の志摩線の終点賢島駅まで名古屋や大阪難波、さらには京都から特急が頻繁に走っている。しかし、途中の駅はローカル線の風情で、普通列車はワンマン運転、降り立った朝熊駅も無人駅だ。ホームからこれから登る朝熊ヶ岳が見える。もう11時近く、山登りの人は誰も見かけない。集落を抜けて登山口に向かう。このあたりの民家、いま時分まで軒先に注連飾りを掛けているのは随分ずぼらな人が多いのかと不思議に思う。でも、歩いていると、それが一軒や二軒ではない。悉く「笑門」と記された札付きのものが掛かっている。何か土地の風習に違いないと帰ってから調べてみると、この注連飾りは伊勢市観光協会公式ホームページによれば次のとおりだ。

伊勢の町を歩くと、家々の門口に注連飾りが掲げてあるのが目につきます。中央に「蘇民将来子孫家門」あるいは「笑門」「千客萬来」などと墨書きした門符(木札)が付き、左右にシデやウラジロなどを飾った太い注連縄です。正月の注連縄飾りは普通は松の内が過ぎればはずすのが一般的ですが、伊勢志摩では、一年間かけたままで過ごす風習があります。
 それは、「その昔、この地を訪れたスサノオノミコトに、貧しいながらも慈悲深い蘇民将来が一夜の宿を貸した。ミコトは旅立つ時、今後は門符を門口にかけておけば、子孫代々疫病から免れると言い残した」という伝説があるからです。蘇民の子孫である証拠として門符を掲げ、無病息災を願うようになったそうです。つまり、家内安全の祈りを込めた「厄除け」の門符です。
 ちなみに「笑門」とは、後に「蘇民将来子孫家門」を縮めた「将門」で、さらにこれが平将門に通じるのを嫌って「笑門」になったと言われています。

朝熊ヶ岳にはいくつもの登山道がある。メインルートは朝熊集落からのもので、私が辿った道になる。よく踏まれた幅広の登山道が延びている。一町毎に町石が建てられていて峠が二十二町、ゆっくり歩いて1時間半ほどの登りになる。戦前にはケーブルカーが運行されていたらしく、その軌道跡が山道の途中にある。撤去されたのは戦時に不要不急の施設ということだったのか鉄の供出だったのか、おそらくその両方だったのだろう。京都の愛宕山のケーブルカーと同じ運命ということか。朝から登った人はそろそろ下山の時間だ。私の前後を登る人の姿はないが、降りてくる人とは頻繁に行き交う。きっと地元の人たちなんだろう。

朝熊峠に出ると伊勢湾の眺望が広がる。ここに昔は旅館があったらしい。とうふや(東風屋)という屋号だったそうな。西のほうから狭い車道も到達しておりバスも走っていたという。今は伊勢志摩スカイラインが朝熊ヶ岳の南側を捲いて伊勢と鳥羽を結んでいるが、山頂付近には達しておらず朝熊集落から登る限り車道を歩くことはない。

峠から50mほど登ると頂上、まだ桜が少し残っている。ここからのほうが鳥羽の沖合の島々がはっきり見える。三島由紀夫の「潮騒」の舞台となった神島あたりも見通せる。知多半島や渥美半島のあたりは霞んでいるが、黄砂がなければ中部国際空港に発着する航空機も見えるだろう。瀬戸内海の眺めと同じような感じでも、こちらはれっきとした外洋だ。

頂上は気持ちのいい広場になっていて八大竜王社がある。標高は555m、まだ桜が残っている。しばし海を眺めてぼおっとする。少し下ると経塚群、伊勢湾台風の後に大量に発見されたらしい。この山のてっぺんだともの凄い風が吹いたに違いない。

登りにすれ違った登山者が多いということは、往復するのが一般的ということか。頂上から東に金剛證寺まで下ると引き返すよりも、さらに東に続く道を下ってみようということになる。丸山庫蔵寺を経て近鉄志摩線の加茂駅まで歩こうと決める。おちんこ地蔵という恥ずかしくなるようなお地蔵さん(脇に件の神体)の横から続く道を辿ると、ドライブウエイを横切って沢沿いの道となる。登りの道に比べたらあまり踏まれていない道だが、しっかりとしていて迷うことはない。誰一人出会うことない静かな下り道だ。

捲き道を進むとぽっかりと開けた場所に出る。ここは地図には鳥羽レストパークとあったところ。何のことはない、墓地だ。金剛證寺の経営になる霊園らしい。海を眺めて眠るロケーションは素晴らしいのだが、あまり売れていないようで、墓石はちらほらという状態。死んでしまえばお終い、海など見えるはずもないし、それなら海に散骨のほうが良いぐらいだと思ってしまう。まあ、どこでも同じ、死んだら本人の問題ではなくなることだし。

丸山庫蔵寺からは一気の下り、参道をそのまま下ればいいものを地図にある支尾根をトレースしようと思ったら道は不明瞭になってきて、軍手を取りだし藪漕ぎで200mを下る。正しいルートから外れているのを知りつつ、地図を見ながら木につかまりつつ尾根筋を最後まで下降して谷筋の道に至る。まあ、これもいつものパターンか。どこを歩いているかは25000分の1の地図でわかっているので心配ないにしても、すんなりとはいかない山登りはいつものこと。まあそれが面白くて意図的にヘンな道を選ぶということでもあるけど。

辿り着いた加茂駅も無人駅だ。横を通ってきた小学校は都市部では有り得ない塗装だ。これぐらいインパクトのある色遣いはご立派、私は好きだ。その向こうに歩いてきた朝熊ヶ岳が乗っかっているぞ。

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