海の日に山に行く ~ 大台ヶ原再訪
2014/7/21

梅雨明け、暑さが早く訪れるような気配、さっそく夏バテになりそうな。家に引っ込んでいても同じこと、早朝から車を走らせる。何年かぶりに大台ヶ原に行ってみることにした。2000m以上の山がない関西では選択肢が少ない。

国道169号伯母峰トンネルの手前から大台ヶ原への自動車道が分かれる。もう少し道幅があったような記憶だが、尾根に出るまではずいぶん狭い。高度を上げるにつれて大峰山系のほう大普賢岳のピークの連なりが対峙する。登り切った伯母峰峠は大阪湾と熊野灘の分水嶺、奈良県を南北に分ける稜線になる。奈良に住んでいてもここから南は別世界、溜池が散在する盆地とは異なり豪雨災害が頻発する多雨地帯なのだから。

伯母峰峠から先の尾根上の道はドライブウエイそのもの、道幅も広くなりアップダウンも少なく大台ヶ原に向かう。道路終点の駐車場は半分以上空いている。まだ8時台だからこんなものだろう。雨の多い場所にしては晴れ渡っている。「今日は、いいお天気ですね」とビジターセンターのおねえさん、降らない日が珍しい場所ならではの挨拶。

確かにずいぶん乾燥している。昔の観光ポスターで目にした鬱蒼とした木立や苔はだいぶ退行し笹原の面積がとてつもなく拡大している。台風による倒木、鹿の繁殖、観光客の増加など、種々の要因があるようだが、元に戻ることがあるのだろうか。環境保全・回復の手立ては講じられているのだが、少なくとも一世代、二世代のサイクルではなさそう。

日出ヶ岳の頂上には1時間ほどで到達する。ケルンに埋もれた三角点の横に、展望台なのか木の櫓が建てられている。こんなのが前からあったかな。櫓自体はそんなに古くはないし、東西の展望案内板は真新しい。案内板は写真じゃなくてイラスト、カシミールあたりのソフトウエアで制作したものかも。東の案内板には乗鞍岳、御嶽、木曽駒ヶ岳、恵那山、仙丈ヶ岳、間ノ岳と中部山岳の錚錚たる山名が並び、その右には富士山の表示もある。富士山が見える西限と言われているのがここ大台ヶ原、ただし晴れた正月に遠望できることがあるという程度で、ふつうは見えない。もちろん今日にしたって、雨は降っていなくても熊野灘さえはっきりしない。

山頂から正木ヶ原に続く登山道は地上から1mぐらい嵩上げされた木道に整備されている。足許はフラットだから山道を歩いている感じが全くしない。尾瀬の木道みたいなものだが、地面と接していないので渡り廊下という感覚だ。

牛石ヶ原には巨大な神武天皇像が建っている。こんな大きくて重いものをどうやって運んだのだろう。山上にある宗教施設、大台教会の手になるものらしい。大台ヶ原が神武東征のルートであったのかどうか、真偽のほどは定かでない。実在すら疑われている初代天皇のことだし、所詮は神話の世界か。

大蛇嵓に向かう途中で鹿の姿を見る。増えすぎて困るならオオカミの導入という策もある。天敵の不在が鹿の多数繁殖、植生変化に繋がっているのだから、手っ取り早い生態系安定策になるにしても抵抗は大きいことだろう。最後のニホンオオカミが捕獲されたのは、大台ヶ原から北に続く山脈の果てだ。東吉野村の鷲家、そこにはオオカミの像まで建っている。剥製は大英博物館にあるらしい。何度かロンドンに行っているのだから、見ておけばよかった。

大蛇嵓は東ノ川の深い谷に向かって痩尾根が落ち込む場所だ。ガスがかかるので高度感はあまりないが、落ちるとちょっと具合が悪いことぐらいは判る。この先は岩登りの世界なので一般登山者や観光客は鎖でストップ。西の大峰山脈だとこういう場所は大概が修験道の行場になっている。いちおう山登りの心得はあるので屁っ放り腰にもならず突端まで行って覗き込む。

大蛇嵓から平坦な捲き道を戻る。やはり雨が落ちてきた。岩場だとちょっと危ないだろう。駐車場に戻る頃には雨もあがって、苔探勝路という散策コースにちょっと寄り道、何種類かの苔はあるにはあるがここでも笹に押されている。もっと湿っぽく暗いイメージなのにそうでもない。看板に偽りありとまでは行かないが。

大台ヶ原の帰りのスポットは秘湯、小処温泉。伯母峰峠の手前から南の尾根をつたう林道が分かれる。いちおう舗装はされているものの対向もままならない。登って来る車は一台もない。まるでジェットコースターのような急降下だ。大台ヶ原から169号線を経由すると大迂回になるから、かなりの短絡路であるのは間違いないけど、雨でも降っていたら避けたほうが良さそうだ。

そして、その雨は温泉に浸かっているときに来た。屋根に当たる激しい雨音が露天風呂が面した渓流の音を凌ぐ。やはり大台ヶ原、晴れていても雨は来る。30分ぐらいで俄雨は通り過ぎ、湯上がりには青空ものぞく。小処温泉は営業を再開してまだ一年ほど、これも平成23年9月の台風の被害、169号線に出るまでに林道の崩落現場があった。補修工事は完了しているものの、道路脇の山肌はコンクリートで覆われ見上げる稜線にまで達している。屹立する擁壁と言ってもいいほど、半端な傾斜ではない。深い緑の谷間に突然現れる灰色の谷は異様だ。その壁を先ほどの雨が流れ落ちる。これだけ間近に見ると、紀伊半島南部で何カ所も起きた深層崩壊の恐怖が実感に近づく。奈良の北と南は別の世界だ。

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