やっと登った常念岳 ~ 中高年登山ツアー考
2014/8/23-24

夏休みの残りをどう過ごすか。とりあえず週末と週初めに一日ずつ休みを取って松本に向かう。サイトウキネンフェスティバルと北アルプス登山の合わせ技は定番になって、今年は山中一泊のスケジュール。北アルプスの名峰のなかで未踏の常念岳、「常念を見よ」ではないが安曇野の西に一際目立つ標高2,857mだ。

早朝、レンタカーを走らせる。一ノ沢の林道を詰めた終点が登山口、手前の駐車場にはかなりの台数が駐まっている。登山口から少し戻った路肩にスペースを見つけ車を置く。雨男なのにまずまずの天候だ。ここから5時間ほどの沢筋の道を辿る。膝の調子がいまひとつなので、スポーツタイツとサポーターでダブルブロック、登りは大丈夫にしても下りが心配だ。膝の調子をみながらゆっくりとしたペースで進む。5ピッチで刻んで常念乗越という目算。水場で休憩を取るたびに、ホテルでもらった朝食のパンなどを頬張る。お花畑はあっても、ただ登るだけの道は食べる楽しみが一番だ。

常念小屋から望む槍穂高連峰 (ダブルクリックすると拡大しスクロール、クリックでもとに戻る)

沢筋を離れて尾根に取り付き1時間、乗越に辿り着くと突然現れる光景に息を呑む。本日は晴天なり。ここではっきりと判る。「ははは」と笑ってしまうような眺めだ。槍ヶ岳から大切戸の大きな凹みを経て北穂高岳への連なりが真っ正面。「北アルプスに来たなあ」という実感。

まだ正午、とりあえず常念小屋にチェックイン。「本日は混み合いますので、一畳に2名でお願いします」というような表示が受付に掲示されている。夏休み終盤の週末だから覚悟の上とはいえ、鮨詰めというのは有り難くない。午後にどれだけの人が登って来るか、北と南の稜線からどれだけの縦走者があるか、混雑度合いは予測できない。

常念岳から望む槍穂高連峰 (ダブルクリックすると拡大しスクロール、クリックでもとに戻る)

案内された部屋で寝場所を確保し、槍ヶ岳を望むテラスで休息した後、空身で常念岳に向かう。ゴーロの急な登り、頂上は見えているのに、なかなか近づかない。小屋までの登りではペース配分に注意していたのと違い、身軽な往復となると気も緩む。5時間の登りの後だから足の疲労もあるし多少は高度の影響もあるだろう。

常念岳山頂は小屋からは見えなかった奥穂高岳、前穂高岳も見える。つまり槍穂連峰一望ということ。ただ天気は少し下り坂か、雲が増えてきた。

団体客、小グループ、男女カップル、単独行者ときめ細かな部屋割りをしている様子、食事は4回か5回の入れ替え制、早く到着した私は初回の組、お腹が空いて待たされるのは嫌、これに限る。若い頃は専らテント泊だったし、山小屋泊まりも10年ぶりぐらいのものだろう。カレーライス一辺倒だった昔に比べるとずいぶん良くなった。一泊二食9800円、ロビーには缶ビールの自販機まである。レギュラー缶600円、ロング缶800円、だいたい球場で売り子のおねえさんから買う値段に近い。つまり山小屋と球場の物価水準は同等ということ。球場ならゲートのチェックを掻い潜る努力、山小屋なら自ら担ぎ上げる努力の分が差額ということになるかな。

午後の到着は予想を下回ったようで、食事後にスペース規制は緩和、二畳に3人程度となる。これならあてがわれた封筒型シュラフの幅は確保できそう。小屋の標高は2450m、それにしては暑い。雲が出ているせいか、部屋の人口密度のせいか、夜中にはシュラフを全開、掛け布団状にして、それも蹴飛ばすという始末、半袖1枚で何ともない。

寝苦しい夜が明ければ曇り空、窓から槍ヶ岳のモルゲンロートというふうにはいかず。縦走組か、ご来光組か、朝食抜きで出ていく人の音がする。午前5時の朝食、またも空身で横通岳を往復、「よこみちだけ」かと思えば、小屋のおねえさんは「よこどおしだけ」と言う。後者が正解のようだが確信はない。大天井岳に連なる縦走路はこの頂上を捲いており、2,767mは不遇なピークだ。まさか、それが名前の由来では。

三角点には蒲鉾板ぐらいの山名表示があるだけ。ここからだと奥穂高岳と前穂高岳の吊尾根がきれいに見えるはずだけど、小雨模様である。常念岳も見え隠れ。こんな下り坂の天候だと雷鳥が現れる。這松帯では親子連れも含め、多くの姿が確認できる。登山口に戻れば今度は猿だ。林道上に大きなヤツがいるかと思えば、木の上でキャッキャしているのもいる。登山者から食べ物をせしめようとしているのだろう。

心配していた膝は、サポーター効果もあって大事に至らず。登りから付けっぱなしだったのがよかったのかも知れない。ゆったりした日程だと日本アルプスにもまだ登れそうだ。しばらくご無沙汰の宿泊山行にまた行ってみるか。

8月24日 北アルプス常念岳で山岳遭難(安曇野署)

8月22日から旅行会社の登山ツアーに参加し、本日北アルプス常念岳を下山中の東京都江戸川区居住の女性62歳が、足を滑らせ滑落したと救助要請があり、午前10時41分、県警ヘリが救助して松本市内の病院に収容しました。女性は、頭蓋骨骨折、頭蓋底骨折、くも膜下出血等の怪我を負っています。

長野県警のホームページでの情報公開から拾った記事が上記、この事故は私の少し前を下山していたパーティで起きたもの。発生から30分程度は経っていただろう。20mほど下の沢には遭難者が横たわり、数名が取り囲んでいる。胸突八丁と呼ばれる急坂、最終水場から少し下のあたり、斜面をトラバース気味に行く箇所で落ちたのだろうか。雨で多少は滑りやすくなっていたとはいえ、どこに危険箇所があるのかという程度の道なのに。もっとも登山案内のページには毎年滑落事故が起きているので注意とか書いてはいるが、とてもそんな場所には見えない。まあ、その気になればどこでも遭難できる。

登山道にいた引率者の一人に聞くと、遭難者にはガイドが付き添っておりヘリコプターの出動要請も既に済ませているらしい。常念小屋から3パーティーが合流し下山の途上とのこと。下のほうを見れば30名以上の団体がゾロゾロと下りているところだ。とりあえず手伝うこともなさそうなので、下山を続ける。同行者の遭難のショックからか、最終日の疲れなのか、ノロノロとした団体にすぐに追いつく。道を空けてくれるのはいいが、気づかずに狭い登山道の真ん中に突っ立ったままの人もいて追い越しも大変だ。

この団体は、近畿日本ツーリスト系のクラブツーリズムが募集したツアー客だ。燕岳から常念岳へ縦走するコースと、蝶ヶ岳から常念岳へ縦走するコースが合流して下山ということのよう。一ノ沢の登山口にはマイクロバスが3台待機していた。同社のホームページには「今年こそあこがれの山へ 日本アルプス登山特集」なるタイトルで多数のコースがラインアップされている。もちろん雨や霧の写真などはなく、美麗な写真が並び旅心を煽る。これに惹かれて気軽に申し込んだら、とんでもない落とし穴。長期予報をウォッチし好天が続くときを見計らって出かけるならともかく、日程先にありきでは天気が悪い日が半分というのは当たり前のこと。

この遭難、当事者ではないものの、近くで見た限りにおいて推測も交え自分なりに要因を考えると、次のようなことになるだろうか。

とどの詰まりは、落ちた人の自己責任。経験不足のため危険予知能力が欠如していたのか、バランスを崩したときのリカバリー能力に問題があったのか。自身の経験や体力からして無理があるコースに参加したということかも知れない。気心の知れた仲間ではないから他のメンバーへの気兼ねなどもあっただろう。前を行く人との間が空き慌てて足を運んだのかも知れない。体力的に苦しくても休ませてと言えなかったのかも知れない。滑落時の状況は知り得ないが、いろいろなことが想像できる。3000m級の稜線歩きでもないし大した雨でもない下山なのに、引率者に言われるままに完全装備で着バテ、さらにはその服装が滑落を助長したということも考えられる。ユニクロのいい加減な格好で歩いている私なんぞより、遙かにお金のかかっていそうなツアーの人たちの衣装なのだ。

登山者の自己責任とは言え、旅行会社の責任も無しではない。温泉ツアーじゃあるまいし、技倆も体力も判らない見ず知らずの人間を10人以上も一人で面倒見るなんて、私なら怖くてできない。中級にランクされているこのコースだと、旅行会社では12~13名に対し1名の引率者を付けるとしている。しかし、非常時に出来ることは限られるし、予防をするにしてもせいぜい5人程度でないと目が行き届かない。参加者にとっても引率者にとっても(巻き添えも含め)リスクが大きすぎる。山岳ツアーの場合、主催者ホームページに事故情報の公開を義務づけるぐらいしないと安易な応募による遭難はなくならないだろう。

夏の週末には何人もの水の事故が報じられる。それを思えば山の事故は絶対数では少ない。水の事故の場合だと生死が短時間で判明するし、捜索するよりも先に死体発見ということが多い。ところが山の事故の場合は、捜索・救助という手順を踏むことが多く、事故現場へのアクセスの難しさから人手もコストもかかることが多い。それが報道のされ方の違いにもなるのだろう。昨今の中高齢登山者の増加でなおさら問題視されがちだ。今回の遭難者がその後どうなったか判らないが、同様の増加トレンドである山ガールの遭難はあまり聞かないのに、高齢者遭難がことのほか目立つのは結局は体力の差に行き着くのかも。

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