「ワンダーフォーゲル活動の歩み」を読む
2015/9/22

いつも本を借りに行く大阪府立図書館に隣接する東大阪市役所、「ラクビーワールドカップ2019 聖地花園開催決定!!」という垂れ幕が架かっている。それを架けた役所の人も、それを眺める通りすがりの人も、いま英国で開かれている大会で、まさか日本代表が強豪南アフリカを撃破するとは、夢想だにしなかったろう。新国立競技場は開催に間に合わなくなったけど、東京オリンピック準備のゴタゴタのなかで、これは一服の清涼剤だ。

本の表紙

その大阪府立図書館の新着図書コーナーで見つけたのが、「ワンダーフォーゲル活動の歩み - 学生登山の主役たち」という本、発行日は今年の8月なので出たばかりだ。まだ誰も借りてはいないだろう。高校・大学とワンダーフォーゲル部に籍を置いた自分としては興味津々、早速貸出カウンターへ。

「この本は、わが国で初めての日本のワンダーフォーゲルの歴史を紹介したものです」と推薦文にあるように、確かに知るかぎりでは類書を見たことがない。出身クラブの50年史は手許にあっても、国内全般を俯瞰した書物としては嚆矢となるだろう。各部の歴史が半世紀を超え、史料的価値のある記念誌が踵を接して刊行されたという背景があるにしても、それをベースに取材を重ね、上梓に至ったこの明治大学OB(著者:城島紀夫)の目の付け所はなかなかいいと思う。

ラクビーや野球のような対抗競技でないワンダーフォーゲル部も、いわゆる体育会(出身校では「運動会」)の構成員である。各大学のワンダーフォーゲル部草創期には、既に存在していた山岳部(これも出身校では「スキー山岳部」)との活動内容重複や、各部への予算配分の兼ね合いで反対が多く、体育会への加盟が難航した歴史がある。その「スキー山岳部」にしても、前身の「旅行部」が校友会に加盟するときに同じような経緯があったようだ。精神的・経済的な既得権益が絡むと、どうしてもこうなるようだ。

山岳部につきまとう英国流の権威主義的、エリート主義的な傾向ではなく、自由な活動のなかにワンダーフォーゲルの特質を見出す著者の視点には共感できる。山登りが一部富裕階層のものでなく、広く国民一般に広がっていったのは、数において圧倒的な部員を擁した学生ワンダーフォーゲル活動が大きな役割を果たしたとする。

ワンダーフォーゲル本質論ということでは、スポーツアルピニズムのような自然との対決的態度ではなく調和的態度という理念の違いということでも総括されている。このあたり、出身校の大先輩が運動会加入に向けた広報活動の一環として作成した冊子が、各大学の活動のバイブルとなったという記述もある。

自分自身、既に運動会の一員として地位が確立されたあとでの入部でもあり、あまりこの手の議論に関心はない。この著者は私の出身クラブの特質のひとつに、「自由な雰囲気」を挙げている。別の箇所では「自由人」という言葉もある。確かに、私のような人間が途中退部もせずに卒部できたのは、その「自由な雰囲気」ゆえだ。入部したときには3年生がゼロで、3学年のみという変則的な体制であったこととも、自由さを助長していたような気もする。きついトレーニングや合宿だったけど、楽しい4年間の活動だった。

ドイツにおける若者の野外活動にワンダーフォーゲルの起源があるということを聞かされているが、この名称が生き存えているのは、どうも日本だけらしい。彼の国においても、我が国においても富国強兵の臭いがする健民運動の流れを汲むものだけに、元祖ではナチを想起させることもあって死語と化しているようだ。著者も名称に関しては一考の余地ありとの考えのようで、私も同感する。ずいぶんと馴染んだ響きではあるけれど。

ともあれ、山岳部と違って、中高年になっても山登りを続ける人が多いことで、ワンダーフォーゲル部は際立っているとの指摘は思い当たる。私もその端くれだし、同期の仲間や先輩たちでも大勢いる。これも自然融和派というクラブの性格のなせるわざだろう。

本の終わりのほうに「部歌」というセクションがあり、そこに各大学の部歌の名前が並んでいる。残念ながら出身校のものはない。実は3年先輩の人が作り歌い継がれている「夏の山で」という曲があるのだが、如何せん最近のことで50年史には記載されていなかったのかも。75年史や100年史が編纂されるときにはきっと登場するだろう。
 各大学の曲名を眺めても知らないものばかり、ただ、その中で唯一メロディが浮かぶのが「なため」。著者の出身校ということもあり別建てのコラムも挿入されている。それだけのことはある、とてもいい歌だ。詞の格調の高さもさることながら、卒部して40年以上も経っているのに、字面を眺めるだけで悪戦苦闘した藪漕ぎのシーンが鮮やかに蘇る。

森深く迷い辿れば 古き鉈目は導きぬ
 人の心のしみじみと 懐かし嬉し木暗き径に
 岨茨いかにありとも 努め拓きて共々に
 愛の導を刻みつつ 仰ぎて行かん真白き峰を
              (作詞・作曲) 小林 碧

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