天滝と明延鉱山 〜 紅葉と一円電車
2015/10/27

職場の昼休みにテレビで見た天滝に行きたいとかみさんが言う。「どこや、それ」と尋ねても詳しいことは判らない。それなら検索、便利な世の中になったものだ。これか、「日本の滝100選に選ばれている落差98mの名瀑」とある。兵庫県養父市、かなり北のほうだ。前に二度訪れている竹田城跡に近い。それで放映翌日に早速出かけることに。これも近く、氷ノ山では紅葉が見頃のようだから、多少は色づいているだろう。

第二阪奈道路、阪神高速、近畿自動車道、中国自動車道、舞鶴自動車道と乗り継いで春日インターから北近畿豊岡道に入る。ここからは無料区間が八鹿氷ノ山インターまで開通している。したがって距離の割には時間がかからない。終点の手前、養父インターで下りて円山川の支流大屋川沿いの道を奥に進む。地名で言えば大屋町筏、そこが天滝への入口になる。週末なら天滝への登り口までクルマは入れないが、平日のこと、ハイキングコース入口の駐車場にクルマを駐める。

ハイキングコース入口のストック ハイキングコースを行く 鼓ヶ滝 鼓ヶ滝 夫婦滝

天滝までは沢沿いのハイキングコースになっている。1.2km、所要40分ということ。入口にドラム缶いっぱいのスキーストックが。なるほど、ハチ高原や氷ノ山など、このあたりにはスキー場がいっぱいあるから、古いストックは山ほどあるだろう。ハイキングの杖にちょうどいいということで置かれているようだ。かなりのお年寄りも天滝目指して歩いていることだし。

糸滝、連理の滝、夫婦滝、鼓ヶ滝と、名前の付いた滝がいくつかあり、その最後が天滝となる。沢沿いの道は落ち葉が覆っているが、両岸の紅葉はまだ一部に止まっている。やはり見頃は月が替わってからなんだろう。テレビ生中継の後だし、この週末の人出はけっこうなものになるはず。

天滝 天滝 天滝付近の地形図

さて、天滝。これはさすがの姿だ。高度差もそれなりにあるし、岩肌を何条にもなって流れ落ちる様は見事だ。豪快というよりも優美というのが相応しい。下から見上げると尾根から直ぐに落ちているような感じだ。それが名前の由来に違いない。地形図を見ると滝の上流は高原の中を貫く緩やかな流れになっている。滝の下流にしても険しい登りでもないので、天滝のところが大ギャップになっていることが判る。そんな地形が作り出した造形、眺めて飽きない。

天滝は下から見上げるのがいいが、少し上に階段を上っていくと天瀧三社大権現の祠がある。賽銭100円を入れて御札をもらう。御札には泰照山長谷寺とあるし、「天滝は大和長谷寺縁起にも書かれ…」なんて案内文まであるので、つい奈良県桜井市の長谷寺と関係があると勘違いしてしまいそうだ。これは地元の養父市大屋町筏にある長谷寺(ちょうこくじ)のことらしい。紛らわしいこと。

さて、下りは慎重に。カミサンは転んで尻餅だ。人のことは言えないが、紅葉狩りを兼ねて滝見物に訪れる年寄りには、往復1時間あまりの山歩きは容易ではないだろう。ほら、踵の高い靴で歩いている3人組のおねえさんも苦労しているぞ。

一円電車の車内 一円電車くろがね号 社宅跡の停車場 一円電車しろがね号

養父インターから天滝に向かう途中の分岐に、一円電車という気になる幟があった。どうも鉱山鉄道が残っているらしい。そうか、明延ってこんな場所だったのか。生野銀山がほど近いことは判っていたが、生野と明延、どちらも兵庫県で近い場所だったんだ。これはその一円電車に乗らなければと、テツのスイッチが入る。

明延鉱山は三菱の経営で昭和62年まで稼働していたらしい。一円電車は明延〜明延鉱山〜神子畑間を運行、明延集落から鉱山への通勤、鉱山からトンネルで山を越えた選鉱所への鉱石運搬を兼ねて運行されていたようだ。選鉱所で選り分けられた鉱石は、近くの生野(錫)、香川県の直島(銅)、秋田(亜鉛)に搬送されたとのこと。

もう閉山しているので、線路は残っていないが明延集落の公園に70mの軌道があり、たまにイベント運行されているらしい。残念ながら、乗車はできなかったが、留置された車両には自由に入ることができる。当然のことながら、おそろしく狭い。動きはしなかったがテツちゃんとしては大満足。
 以前、サザエさんのオープニングにこの一円電車が使われたことがあったらしいが、あの日曜夜の番組は明日からまた仕事と思うと憂鬱になるので観ていなかった。いわゆるサザエさんシンドロームというやつだろう。

明延鉱山跡

明延集落には一円電車のほかに、かつての大浴場だとか、いわゆる生協、演芸場などの建物が残っている。いま住んでいる人は僅かのようだけど、最盛期にはここに4000人もいたらしい。

集落を抜けて鉱山のほうに向かう。道は鉱山跡の先で通行止になっている。鉱山跡のゲートの手前に信号機と軌道跡があり、その延長線上にトンネルの口が開いているから、これは坑道ではなく一円電車のルートだったのではないかな。観光用に再生したような施設ではなく、むかし使われていたものがそのまま残っている佇まいは貴重だ。二層に分かれた平坦地には多くの鉱山関連の建物があったもよう。

前日に思い立って出かけた割には見所満載のエクスカーション、秋の自然と近代化産業遺産を巡る但馬の旅だった。

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