️祝!名松線復活 〜 青春18きっぷでいいのかな
2016/3/30

春のダイヤ改正があったので時刻表を買い直した。開通した北海道新幹線に乗る予定はないが、その他の路線も一斉にダイヤが変わる。バラパラとページをめくっていたらびっくり、なんと、長らく部分運休だった名松線が3月26日から全通するとある。台風災害による不通が続き廃線は間違いなしと思っていたのに、これはどんでん返し。青春18きっぷの残りがあるし、乗りに行かなくては。

自宅からいちばん近いJR乗り換え駅、JR片町線の祝園からスタート、木津、加茂と乗り換えて、関西線の亀山行き、そこからは紀勢線で南下し松阪へ。津・松阪間の紀勢線に乗るのは初めてだ。途中、並走する近鉄線にはない阿漕という駅がある。日本人なら誰でも知っている地名だけど、こことは知らない人がほとんどかも。松阪まで近鉄で行くほうがずっと楽でも、なんてったって青春18きっぷだもの。このあたりに部分的に残るJR未乗区間を埋めるのも今回の目的。

松阪駅の5番ホーム、停車している一両だけの列車には「伊勢奥津」の行先表示が誇らしげだ。ちょうど春休み、平日にもかかわらず座席は全て埋まり、先頭部分にはてっちゃんが何人も立っている。各地からのマニアだけでなく地元の人も6年半ぶりの開通を祝っている。

松阪を出た列車はすぐに紀勢線と分かれる。それぞれ単線だが並走区間は複線のように見える。しばらくは伊勢平野の田園地帯を行く。途中の家城(いえき)まではずっと運行されていたから今回の開通区間ではない。ここまでは平坦地のようでも緩い上りになっていて、木立のトンネルなど面白いものがある。こんなのはローカル線ならではの光景だ。

家城駅では上下列車行き違いのため長時間停車、ここから先、終点の伊勢奥津までが4日前から通じた区間になる。慶祝に水を差すようだが、この駅には呆れた事故を繰り返した前歴がある。世間では忘れていても、乗車している地元の人やてっちゃんの多くは覚えているはず。もっとも、この事故自体、超赤字のローカル線らしいと言えなくもない。

列車が無人で8.5キロ走行 三重・JR名松線 (J-CASTニュース 2009/4/20 15:37)
 三重県津市のJR名松線の家城(いえき)駅で、2009年4月19日22時15分ごろ、運転士が列車の運転台を離れたところ、無人で列車が動き出した。JR東海で調査したところ、列車は同駅から東へ約8.5キロ離れた地点で発見された。けが人はなかった。ブレーキのかけ方が不十分だったことが原因とみられる。同線では、06年8月にも同様の事故が起こっている。

JR東海にしてみれば、今回の復旧を機に過去の汚点を払拭したいところだろう。そんなことを想像しているうちに、列車は山峡を進んでいく。終点伊勢奥津までここから30分あまり。この区間に入ると全ての踏切には「2月16日から列車が通ります」と書かれた黄色い幟が立っている。営業再開に先だつ試運転が行われたもよう、列車が来ないのが普通になっていたら、こういう注意喚起が必要なのは解る。

伊勢奥津の二つ手前、伊勢八知駅の近くには場違いなリゾート施設がある。線路脇に巨大なウォータースライダーが渦を巻いている。ずいぶん前、夏休みに子どもを連れて来たことがある。当時はカニ食べ放題1泊1万円という新聞広告を派手にやっていたが、外観からは温泉地で見かける休業旅館のように見える。

魚九は昭和7年に「魚九旅館」として創業、同29年に法人化した。自然環境に恵まれた閑静な山間に、「美杉リゾート」の名称でバブル期に次々とホテル・レジャー施設をオープン。ホテル「魚九」、「アネックス」やプール・温泉施設の「ファイアバレイ」、更には地ビールやスペアリブといった多彩な食のメニューのプランを作るなど、積極的に独自の経営路線を展開してきた。テレビ・コマーシャルで知名度も上がりピーク時の年商は30億円を超えていた。しかし、ここ数年は関西方面からの観光客が減るなど来場者数の減少に歯止めが掛からず、平成19年2月期の年商は約20億円にとどまっていた。採算も赤字が続き、設備資金の借入負担が重荷となり各金融機関には経営再建案を提示して協力を得てきたが、現状の体制では改善見通しが立たず、法的措置に踏み切った。 (東京商工リサーチ2008.4.1)

やはり倒産(民事再生)していたようだ。日帰り温泉施設としての営業は継続しているようだが、どれほど人が来ているのだろう。ほど近い奈良県側には道の駅に併設された温泉もできているし、苦戦は否めないだろう。でも、今回の列車には中国人観光客の姿もあったし、踏ん張っていたら爆買いの宿舎しとして再生したかも。大阪からも名古屋からもクルマでのアクセスだと2時間程度だもの。

伊勢奥津駅、私は去年の夏に山登りの帰りに立ち寄っている(「景色が違った三峰山」 2015/8/16)。廃線決定の前に見ておこうということで、再び列車が動くとは思ってもいなかった。あのとき草生していた線路も綺麗になっている。無人の駅舎の隣に観光案内所兼売店が併設されているのは、運転再開を見越したことだったのか。復活を祝ってポスターやら古い写真の展示やら、ちょっと活気が出ているようだ。去年来たときは代行バスを待つ人の姿はたった一人だった。

車内で地元の人が言うには「土日には積み残しも出たらしいで。もうこれで一年分稼ぎよったかなあ」ということ。はて、JR西日本の駅で買った青春18きっぷの売上げがこちらに回って来るとは思えないし。ともあれ、ドル箱東海道新幹線を持つJR東海だから今回の復活劇があったとも言える。線路の復旧はJRで、治山治水は地元の負担で話がまとまったらしい。しかし、開通直後の熱気が冷めたあと、決して平坦な道ではなさそうだ。同じような境遇にあるJR東日本の只見線はどうなるのだろう。

名松線の戻りは座って居眠りだ。今日は朝早かったし。松阪で今度は伊勢市に向かう。JRのこの区間は未乗、列車は鳥羽行きだが賢島まで近鉄がまだ繋がっていなかった頃、伊勢市・鳥羽間には乗っている。伊勢市駅前で前に工事中だったところに昔風の造りの店が並んでいる。先の式年遷宮に間に合わせたのだろうか。今度はとって返して名古屋行き伊勢鉄道経由の快速みえに乗車する。津から四日市の手前の河原田までの短絡線が第3セクターの伊勢鉄道になる。しっかり車内で別料金510円が徴収される。うーん、特急料金は要らないとはいえ、これで近鉄特急に対抗できるんだろうか。伊勢鉄道では複線化する用地が確保されている部分もあるが非電化だし、その先の関西線も単線箇所が多いとなればダイヤの融通も利かないだろう。この鉄道の恩恵は鈴鹿市住民以外にはあまりなさそうだ。JRの四日市にも初めて来た。近鉄の駅とは離れていて、こちらは臨海工業地帯の駅だ。「うわあ、タキがこんなに繋がっている」と専門用語で喋っているテツの二人連れがいる。ここは貨物中心の駅なのだ。

快速みえで桑名まで行く。関西本線の亀山・桑名間も乗ったことがないからだ。桑名で同じ駅の近鉄に乗り換えて近鉄四日市に。行ったり来たりという感じ。次のお目当ては近鉄内部線改め四日市あすなろう鉄道の乗車だ。近鉄の駅からいったん外に出て乗り換える。第3セクターに移行して妙な名前になったと思ったら、どうやらナローゲージから来たネーミングらしい。そう、ここは桑名から出ている三岐鉄道北勢線と同じく軌間762mmの特殊狭軌なのだ。パステルカラーの電車はまるで遊園地の乗り物のよう。超急カーブもあるぞ。運転席の後ろで前方を眺めるには、大人だと屈まなければならない。ここは次代を担うてっちゃんと鉄子に年寄りは道を譲る。

四日市から終点内部まで20分程度、引き返してもいいが地図を見ると関西線の河原田まで歩けそう。2kmほどだから30分もあれば着くだろう。残る未乗区間は河原田・亀山間だからちょうどいい。

内部線は国道1号に阻まれるような形で行き止まりになっている。歩道橋を越えて鎌谷川を渡り旧伊勢街道を歩く。予想通り約30分のウォーキングで河原田駅に到着、JRの駅と伊勢鉄道の駅は別で二段になっていた。これも来てみなければわからないこと。快速みえはこの駅は通過だが関西線の快速は停車する。それに乗って亀山乗換でこの日三度目の津。近鉄に乗り換えて伊勢中川からは特急で帰路につく。便利な近鉄に乗っていると虫喰い状に未乗区間が残るJRも、かくして青春18きっぷのおかげで塗りつぶしが進む。

ジャンルのトップメニューに戻る。
inserted by FC2 system