若狭富士に登る
2016/4/6

残り1回分となっていた青春18きっぷ、まだ乗ったことかがない路線で、山登りと組み合わせることができるのはどこか、思案の末に思いついたのは小浜線と沿線の若狭富士(青葉山)だった。これなら一日でなんとかなりそうだ。

2年間京都府下全域をカバーする仕事をしていたので、北部にもよく出かけた。福知山、綾部、宮津、舞鶴、京丹後、ただ主に公用車での移動だったので、鉄道を使う機会は少なかった。今は京都縦貫道も全通したから、いわゆる海の京都もクルマだと格段に近くなっている。JRも客離れが進むのだろう。

綾部で山陰線から舞鶴線に普通列車を乗り継ぐ。東舞鶴から先は小浜線となり、本数がぐっと減る。今回の山登りの問題点は下山後に予定の列車に乗り遅れると次までの時間が空くということ、そうなると日も暮れて乗り鉄の楽しみが台無しだ。山登りのスタートとゴールは青郷駅なので、11:17着から15:46発までの間、4時間半で登って降りてくるというスケジュールになる。時間は無駄にできない。

東舞鶴から二つ目の福井県の最初の駅、青郷はロッジふうのきれいな建物だ。ここに降りたってトイレと煙草、そろそろ歩き出そうかとしたとき若い女性が近づいてくる。声をかけられて差し出された名刺には福井新聞小浜支社とある。駅前の桜の下には福井新聞のクルマが停まってる。彼女が言うには、小浜線の各駅を取材して利用者にインタビューし連載記事を載せるのだそうな。平日にリュック姿のオッサンが珍しくて掴まえたのだろう。いろいろ尋ねられて答えたが、若狭富士に登りに青春18きっぷで奈良からやって来た人、なんて記事にするのだろうか。

「山登りは長くやっておられるのでしょうか」
 「そうねえ、もう40年以上かなあ」
 「じつは、私も大学時代にワンダーフォーゲル部で山登りしてました」
 「あらら、私もワンダーフォーゲルでしたよ」
 「えっ、私、福井じゃなく、大学は青山学院でしたけど」
 「青学ですか、私は東京大学、なんだ、おなじ渋谷じゃないですか」

時間がないのに、おねえさんには弱い、つい話が長くなってしまう。いかん、いかん。ゆっくりしている場合じゃないと歩き出す。国道27号を渡って青郷小学校の角を曲がって山のほうに向かう。校庭の桜も満開だ。アルバム用なのか、先生たちの集合写真を撮っている。3月まで子どもたちにコンピュータを教えていた小学校でも咲いているだろうなあ。この青郷小学校の分校が山のほうの高野というところにあり、そこでは嘗て水上勉が教鞭を執っていたらしい。

30分ほどで辿り着く中山寺から登山道となる。若狭富士、青葉山は双耳峰で東西に連なっている。青郷駅から眺める姿はどこが富士なんだという感じだけど、東側から見るとピラミッドになる地形だ。それ故に南側斜面を登る道はかなりの急登。尾根に出たところに高浜方面を望む展望台、なんでこんな上まで電線がと思っていたら横にテレビの中継所、そういうことだったのか。ここから先も相変わらず傾斜がきつい尾根歩きが続く。

頂上も近づいてくると大岩が現れる。馬の背との表示があって、確かにそんな感じ。693mと692m、ほとんど同じ高さの双耳峰で東峰が1m高い。どちらにも三角点はない。青葉神社というらしいが、祠は扉が閉ざされている。ここでお弁当だ。歩き出してから2時間ほど、良いペース、なんとか予定の列車に間に合うだろう。京都駅での乗換の際に買ったのが六甲山縦走弁当620円、これはなかなかの充実、コストパフォーマンスが高い。鶏肉に、牛肉と糸こんにゃくのすき焼き風、蛸にイカナゴのくぎ煮、玉子焼きに野菜の煮付け、五穀米と麦飯のおにぎりと賑やかだ。昔に比べ駅弁はずいぶん安くなった。コンビニやデパ地下との競争のおかげだろう。高くて不味いでは生き残れない。

地図には東峰と西峰の鞍部から下る破線が描かれているが、どうもわずかの踏み跡程度、これを降りるつもりだったが西峰の先から下ることにする。ところが、この稜線が難物、梯子やフィクスロープの連続で時間がかかる。予定の列車はちょっと厳しいかも知れない。おねえさんとの長話に続く誤算だ。でも、危険な場所で慌てることは禁物、慎重に歩を進める。

西峰のほうがどうやら眺めが良さそうだ。もっとも、時間の関係で祠の上のピークまで行かなかったので推測に留まる。西峰からは京都府側、舞鶴の街が見下ろせる。北吸桟橋の艦艇の数は今日は少ないようだ。多くは外洋に出ているのだろう。

ピークから少し降りたところで道が分かれる。今寺・高野方面に真っ直ぐ下る道をとる。こっちは上りの道よりももっと急だ。ただ山仕事にも使われているようで、踏み跡はしっかりしている。樹木の地上2mほどに悉くガードテープが巻かれているのは鹿対策なのか、それとも注意看板まで出ていた熊対策なのか。平日の登山で西峰で一人見かけた以外は人の姿がなかったし、こんなところで熊公と対面したくないので、ストックをカチャカチャ鳴らしながら行く。

急降下で今寺集落に至るとそこからは林道となる。残り1時間弱、ギリギリのタイミングだ。こうなれば奥の手しかない、ボーイスカウト走りの出番だ。早足で40歩、駆け足で40歩、これの繰り返しで息が上がらない程度で距離を稼ぐ。遅刻しそうになったときには街中でもやるが、山登りで麓の林道歩きにも有効だ。難点は山登りに使う筋肉とは違うところになるので、数日間は筋肉痛に悩まされるということ。太股の表側が痛くなって階段の上り下りが苦痛になる。まあ、それは仕方ないか、ふだん走っちゃいないもの。

頑張ったおかげで列車到着の15分前に青郷駅に。これで小浜線のてっちゃんも楽しめる。いつもと違って、最後尾に立つ。ほんとに若狭富士なのかどうか確認だ。なるほど、東側からだと綺麗な三角形をしている。高浜、大飯、小浜あたりまで、西の方角には常にこの山の姿がある。それで若狭富士、宜なるかな。

写真を撮っていて気がついた。邪魔な架線があるのは小浜線は電車なのだ。てっきりローカル線で非電化だと思い込んでいた。考えてみれば世の中を騒がせている原発がこのあたりに密集しているのだ。そのおかげで電気が豊富なのかどうか知らないが、沿線の公共施設の立派さは目につく。いろいろな補助金が潤沢に投入されているのだろう。半島の付け根をよぎり湾をかすめて走る小浜線、風光明媚そのものだが、線路からは見えないところに心配な巨大施設が存在しているのは紛れもない事実だ。

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