那岐山へ 〜 水入り、雨男 vs 晴男
2016/5/28

複雑な事情があって岡山に単身赴任となった大学時代の友人と那岐山に登った。自分が東京に単身赴任していたとき、何度も山歩きに付き合ってくれたこともあるし、今度はその逆バージョンというところか。西のほう岡山方面の山登りとなると、一人だと出かけることもないから、これもよい機会と言えるかな。

8:21着の列車を津山駅で待つ。自宅を5時過ぎに出て中国自動車道を走り約3時間、列車到着の10分前には思ったよりずいぶん田舎という感じの駅前に着いた。津山からはバスの便があるらしいが、バス停から登山口まで小一時間歩かねばならないから車に限る。地元では名の通った山なので駐車場はかなり混んでいて、路肩の空地を見つけてカーデポとなる。登り2時間、下り1時間程度だろう。二人とも山歩きを続けているから、バテることもないだろう。

那岐山へのこちら側からの登山ルートはABCと3コースある。谷沿いに登り尾根筋を下ることにして歩き始める。すると、どうだ、ドッカーンと大きな音、それが山肌に跳ね返って増幅される。何だこりゃと思ったら、ああそうか、途中に自衛隊の駐屯地があった。演習場の一角をかすめて登山口に至ったのだ。あれは大砲の音、コンクリート舗装の道もあったから戦車の砲門が火を噴いたのか。あたりの鳥の声とは何という対比、国防には土曜日も日曜日もないということだろう。

よく整備された登山道だ。それだけ登る人も多いということか。歩き始めてしばらくすると雨が落ちてきた。やっぱりねえ、この雨男と晴男のコンビはいつも拮抗する。大した降りにならないのは連れの頑張りということか。頂上が近づくにつれて傘が要らないほどになってきたのは流石だ。

標高1255m、近畿で言えば金剛山や比良山と同じぐらいの高さ、里からの距離もほどほどということで、学校登山の団体がやって来る。地元津山の中学校のよう。女の子のほうが元気なのが可笑しい。はじめは人影も少なかった山頂が見る見る人で一杯になる。ちょうどお昼どきだし。

中国山地は老年期のなだらかな山並みが連なっている。荒々しい大山の北壁のようなものは例外だ。いちおう20万分の1の地形図は持参したものの遠望がないので役立たず。鳥取県と岡山県の境だが日本海も瀬戸内海も見えない。まあ、いつものことだけど。

三角点は最高峰の隣のピークになる。その先も因美国境に踏み跡は伸びているが、ここから下山となる。中学生たちが登ってきた道だ。登山口に戻って近くの蛇淵の滝を観に行く。熊に注意の看板がある。でも、大砲の音に馴れているなら、鈴ぐらいじゃ役に立たないだろうなあ。

まだ午後1時を過ぎたぐらい、当初のプランどおりここから南下、湯郷温泉で汗を流して閑谷学校の見学に向かう。カミサンが会員になっているJAFのカードを見せると入浴料600円が500円に。こちらは二人とも割引適用。閑谷学校は65歳以上だと半額に。「あんたも、もうすぐだよ」と、残念ながら65歳未満の連れは400円の入場料。

300年前の建物、保存状態も極めて良好、これは立派なものだ。講堂は国宝になっているらしい。障子には燕が中に入るので閉めておいてくださいとあるが、開いてみたら中に燕が飛んでいる。見学者が開けたときに飛び込むんだろう。ボランティアのガイドの人も慣れたもので、鳥に声かけすると出て行くのが面白い。

閑谷学校はJR山陽線の吉永駅から南の丘陵の中にある。少し開けた谷間で圧迫感がない。しかし、里からはほどほどに離れているので隔絶感がある。そうか、ここなら勉強するぐらいしかないという場所だ。これなら年中林間学舎、一年間ここで合宿ということらしいから、ずいぶん身につくことだろう。日本最古の庶民のための学校、俊英を輩出したのも頷ける。

明治年間に私立中学閑谷黌として昔の学房(寄宿舎)跡にできた建物が資料館になっている。じっくり観るには時間が足りない。閉門30分前に到着したから駆け足の見学になってしまった。どんなところかと軽い気持ちで立ち寄った閑谷学校、ここは一見の価値がある。

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