亀の瀬アンダーグラウンド
2016/9/7

一度行ってみたかった亀の瀬の地滑り対策事業の見学、近鉄主催のハイキングに取り上げられたのはチャンス、これは是非とも行かなくては。というのも、所管する国土交通省近畿地方整備局大和川河川事務所に申し込めば平日に見学ができるが基本は団体が対象、休日の見学会は年に数回程度、いずれも事前申込となっていて個人が利用しにくいのが難点なのだ。その点で、今回の駅長お薦めフリーハイキング「社会見学へ行こう!知られざる亀の瀬渓谷と神社巡り」というのは予約不要、ちょうど休みの水曜日に開催というのもドンピシャ。

スタートは河内国分駅、昔の田舎の駅を知っている者にとっては、久しぶりに降り立つ駅前は様変わり。それに、今は急行まで停まる出世振りだ。国道25号と165号が合流する駅前は渋滞の名所だったが、歩道が高架となった今もそれは変わらないのだろうか。もう10:00近くなのでラッシュも過ぎていてそんな気配は見えない。この夏の山登りで傷みが激しくなったので靴を新調したので、この日はその足慣らしを兼ねている。好日山荘で片っ端から試して、たったひとつ私の足に合ったブランドだから、たぶん大丈夫とは思うが。

駅からわずか、すぐに大和川河岸の親水公園になる。ここも昔はもっと狭い河原でゴミが散乱していたところだ。なにしろ大和川というのは長く「日本一汚い」と言われてきた。しかし最近では過去10年間の水質改善が顕著らしい。確かに、一見してもそんな感じはある。自治体や住民がその気になればできるということだろう。

しばらく大和川の左岸(南側)の丘陵を行く。国分神社とその裏山の松岳山古墳が最初のスポットになる。さらに行くと河内国分寺塔跡に辿り着く。すぐ横にはその名も河内国分寺という寺があるが、これは近年になって大阪府の認証を受けた宗教法人で真言宗、したがって天平時代の国分寺とは何の所縁もないようだ。ここの住職(尼僧)は意欲満々のようで、積極的なネット情報発信ばかりか、毘沙門堂や柏原市街を望む展望台まで造っている。

小高い丘から大和川に向かって下る。このあたりの日当たりの良い斜面は葡萄畑になっているところが多い。収穫時期も近いようでカバーのかけられた房の粒はだいぶ大きくなっている。ここから国道25号をしばらく歩く。両岸の山が迫ってきて、左岸を国道25号、右岸にはJR関西線という構図が続く。弁天橋という歩行者優先、車は同時に1台のみという橋を渡り今度は右岸を歩く。こちら側の道は小型車が辛うじて通行できる程度の幅しかない。そして、いよいよ今回のハイライト、亀の瀬にさしかかる。

亀の瀬には一度訪れたことがある。そのときは雁多尾畑を経てハイキングの途上、地面に露出する集水井工を上から眺めただけだった。この巨大な井戸のようなものがこの一帯に54もあるらしい。今回はそれらから地下水を集めた排水トンネルの中に入る。なんとなくワクワクするのだから、チラシの「大人の社会見学」というキャッチコピーは間違っていない。9月に入っても炎天下を歩いてきた身にはトンネルの涼しさは格別、総延長7kmを超えるトンネルの中は年間通して15℃ぐらいだとか。

今回のイベント、職員の人たちの説明にも力が入っている。そりゃこれだけの人数がやって来ることは珍しいはず。河内国分駅のスタートが9:30〜11:00、三々五々訪れる見学者の数もかなりにのぼるだろう。平日なので年寄りが中心なのは仕方ない。そんなに広くはないトンネル、週末なら収拾がつかなくなるだろう。

このあたり、固い岩盤が軟弱な滑り層をサンドイッチにしたような地層になっているらしい。それが大和川に向かって傾斜しているので、大雨が来ると地滑りの危険が増す。古来より災害が繰り返し、明治以降でも三度の大規模地滑りが起きたという。トンネルの中には地層が見える箇所が設けられている。斜めの黄色いごく薄い層が確かに観察できる。これなのか、思ったより薄い、見える箇所だと厚さ1cmもない。この上の岩盤が動くとのすごいエネルギーに違いない。そして、集水井工が垂直に交わる連結点では上から小雨が降ってくる。最近増えてきた街中のミストのような感じ、いや、それ以上の水滴だ。

さて、もう一つの見どころ、平成20年11月に発見された亀ノ瀬トンネルの遺構、テッちゃんとしては、これが見られるので炎天下のハイキングに参加したようなものだ。
 今のJR関西線は亀の瀬付近で右岸から左岸に渡り、トンネルに入る。つまり、このあたりだけわざわざ左岸に線路を通している。しかし、明治以来、ずっと右岸通しに線路があったのだ。昭和6年の地滑りによりこのトンネルは崩壊、対岸に線路を移設し現在に至っている。その旧線のトンネルが見つかったのが8年前。なんとなく釈然としないので尋ねてみる。

「排水トンネルの工事中に発見されたということですが、古い時代と言ったって地形図や図面は残っているでしょうから、最近になって発見というのはどうもピンと来ないですけど…」
「もっともです。もちろん図面はあったんですが 、何しろ当時の地滑りの規模が大きくて、トンネルの位置がずれたり、圧壊というか潰れてしまっていると思われていたんですよ。それまでも、ときどきボーリングのときに抵抗のない空間があるとは言われていたんですけど、実際に排水トンネル工事中に、部分的ですがきれいに残っているのが見つかったんです」

そういうことだったのか、たまたま地滑りの範囲から外れた部分で残った鉄道遺構、原形をとどめたトンネルは50m足らずのもので、トンネルのその先は土砂に埋まっている。全部埋めてしまうという話もあったらしいが、やはり保存ということになり、おかけで廃線マニアには堪えられないスポットが一つ生まれたわけだ。

この亀の瀬の滑り層は大和川の川底を潜り対岸まで達しているらしい。ということは、大がかりな対策を講じなければ災害が繰り返すということになる。
 大和川が奈良県から大阪府へ流れ出す出口に当たる亀の瀬、ここが地滑りで河道閉塞というかダム化してしまったら、奈良県側の湛水による洪水、閉塞土砂の決壊で大阪府側の氾濫と災害が連鎖するのは、5年前の紀伊半島大水害が記憶に新しいので腑に落ちる。巨費を投じた土木工事ではあるにしても、災害発生時の人的物的被害を想定すれば放置はできないだろう。前に歩いたときは地下のありさまを想像するだけだったが、こんなことだったのだ。子供の社会見学もいいが、いろいろなことを知り経験した上での大人の社会見学はより深いものがありそうだ。

トンネルは涼しいが外は暑い。本日のハイキングコースは龍田大社を経て王寺駅までとなっている。時刻は13:00過ぎ、峠八幡神社から先は前に歩いたのとほぼ同じコースだし、ここらで切り上げにする。メインイベントの亀の瀬地すべり歴史資料室の見学も果たした。これで、もう充分だ。登山靴の調子もすこぶる快調、いまどきの登山靴は良くできている。こちらも足慣らしは済んだ。JR関西線三郷駅から一駅、王寺駅で近鉄田原本線に乗り継ぐ。生駒線で帰るほうが近いのだけど遠回り、私は新王寺と箸尾の間が未乗区間だったのだ。と、最後に廃線テツから乗り鉄に変身する。

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