志摩横山を歩く 〜 無人の203高地
2016/12/22

青春18きっぷを買っておれば乗り鉄に出かけるところだが、稀少な赤きっぷを買い損ね、気勢を殺がれてしまった。となると、代替案、手許の12月までの近鉄株主優待券を使うことにする。ほぼ全路線は乗り尽くしているが、少しは未乗区間があるのだ。天気予報は低気圧接近の大荒れを伝えているが、あわよくば本降りになる前に山歩きもと、欲張りな目論見。

7時前に家を出る。大和西大寺、大和八木と乗り換えて、五十鈴川行きの急行に乗る。おっ、この電車は子供の頃に見た青とクリームのツートンカラー、大昔の近鉄特急の復刻塗装版だ。ときどき大阪線を走っているのを見かけるが、乗るのは初めてかも。終点の五十鈴川駅で本日3度目の乗換、賢島行きの普通で志摩横山まで。ここまで3時間半ほどかかる。

どんよりと、いつ降り出してもおかしくない空模様、青山トンネルを抜けてからは、既に降ったか、雨で地面が濡れている。いつでも切り上げる覚悟で、横山展望台へ向かう。前日に近鉄のハイキングがあり賑わったはずだが、緩やかに登っていく道を辿るのは、もちろん私一人。

横山というのは英虞湾に近い200mあまりの山、丘といってもいいぐらいだ。横山ビジターセンターまでは立派な二車線の道、そこから上は傾斜もカーブもきつくなって車道の幅も狭くなる。歩きの石畳の道が並行している。それで、展望は…

何も見えないだろうと思っていたが、入り組んだ英虞湾の形が辛うじて見える。ほんとに不思議な地形だ。どう繋がっていて、どこが外洋の入口かなんてさっぱり判らない。Googleマップの3Dや国土地理院の地図で見ると全体像はつかめるが、晴れていても横山からの遠望では全容把握はなかなか難しいのではないかな。

地図を見ていて気になる標記があった。湾の南東、半島の付根にある「深谷水道」というのがそれ。大縮尺に拡大してみると、これは運河なんだ。湾口が狭く奥が複雑に広がっている英虞湾に暖かい黒潮を引き込んで、湾内の真珠養殖に不都合な水温低下を避けるのが目的らしい。5年前の東北の地震の際には、ここから津波が侵入したらしいが、懸念されている南海トラフ地震が起きたらどうなるんだろう。三陸のような楔形の湾とは形状が異なるので湾内で拡散するのかも知れないが、海辺の集落はたぶん無事では済まないだろう。風光明媚と裏腹にリスクは潜んでいる。まあ、自然災害のことを言出せば、日本列島全体がそうなんだけど。

横山展望台、パノラマ展望台、英虞湾展望台と、眺望のスポットが続くが、横山展望台で少し見えたほかはガスの中になってしまった。石畳の回遊コースと離れ、横山山頂へ向かう道は普通の山道に変わる。このあたりは南国らしくシダが多い。三角点のある山頂は切り開かれているものの、晴れていてもあまり展望はなさそうだ。人っ子一人いないのはこちらも同じ。標高203.2m、奇しくも、ここは203高地なのだ。

東から西へ、横山を縦走ということになる。下るのは西の迫子(はざこ)集落、傾斜が急になるところは立派な石段になっている。4層、合わせて700段あまり、本格的な山歩きにはならないと踏んで、買ったばかりのタウンウォーキングの靴を履いてきたので、これはかえって有り難いかも。

迫子集落のはずれに下山、そこから海岸のバス停までは1.5kmほどある。川沿いの平坦路を進むうちに、ザッと雨が降り出した。慌てて傘を取り出し、リュックにレインカバーをかける。予め調べていたバスの時刻まで、小一時間の待ちがありそう。雨宿り出来る場所があるかどうかが問題だ。ままよと歩くうちに雨も小止みになる。大雨になるのは夜になってからの予報だもの。

どこまでが川でどこからが湾の奥なのかよく判らない感じになると、バス停が近い。両岸を結ぶ橋が少なくて不便そうだ。飛び石伝いに渡るようにした場所もある。バス停には穴は空いているものの、いちおう屋根はある。雨装束を片付けてここで一服。バスに乗るには小銭がないのに気付いて、バス停近くにあった簡易郵便局に。中に入ると、おねえさんが一人。
「ATMなんてないですよね。少しお金をおろしたいんですけど」
「通帳かカードがあれば大丈夫ですよ」
「カードなら持ってますから、3000円ほどおろします」
ということで払戻票を書いて手続、こういう場所に来ると、郵便局のネットワークの凄さが判る。

「奈良からですか。観光ですか」
「横山に登ってきましたけど、誰も歩いていなかったですわ」
「天気が悪くなるようですからね。これからお帰りですか」
「鵜方まで出て、電車に乗ります。バスが来るまで、まだ時間がありますけど」
「私も奈良に住んでいたんですけど、ここは不便なとこでしょう」
「1時間に1本バスがあるから、それほどでも。1日1本なんてところもいっぱいありますよ」
 山登りの人間と地元の生活者じゃ、このあたりの感覚が違うのは当たり前かな。しかし、近鉄特急が停まる鵜方まではバスで10分ほどだ。僻地ということもないだろう。やって来たバスに乗り込むと、何のことはない、ICカード対応。小銭をつくることもなかったのだ。

鵜方の駅に着いて、お昼を食べていなかったことを思い出し、駅構内のコンビニでサンドイッチと缶コーヒーを買う。すぐにやって来る賢島駅前行きのバスに乗る。大きなバスに乗客は私一人だ。5月のサミットのときは立入禁止となったエリアを10分も走ると賢島駅に着く。まだ乗車したことのない鵜方・賢島間のために回り道をしたわけだ。私が乗るつもりの電車が端っこのホームに停まっている。その横にはずらりと特急列車が並ぶのは壮観だ。「しまかぜ」が2編成、さらに「伊勢志摩ライナー」も2編成、リゾート地のターミナルならではの情景だ。大阪、京都、名古屋、いずれからでも2時間あまり、近鉄のドル箱であることは間違いない。プレミアム特急を横目で眺め、株主優待券で伊勢中川行きの普通に乗り込む。特急券の特典ぐらい付けてくれたらいいのになあ。

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