「スーパー新幹線」が日本を救う…か?
2017/2/15

面白いというか、半ば呆れる本だ。タイトルを見て、何だろうこれはと、テッちゃんは図書館から借りてくる。著者は藤井聡氏、京都大学教授にして内閣官房参与ということは、政権ブレーンの一人ということだろう。ちょっと御用学者の胡散臭さが漂うような肩書、そして、この書名だから国土交通省御用達かとの先入観を持って読んでしまいそうだ。

著者が述べていることは単純明快だ。この超低金利時代だから、どんどん借金して公共投資を行うべし、その対象として新幹線に勝るものはない。新幹線は都市圏を結び経済を活性化させる絶大な効果があり、リターンの期待できる投資だ。地方創生、国土強靭化に繋がる新幹線建設、今こそ昭和40年代に構想された新幹線ネットワークに立ち返り、可能な限り早期に建設を進めるべきだ。それが日本の成長に不可欠だ。このような論旨で、個々の路線についての各論が展開されている。

ここで藤井氏がイケイケドンドンという調子で旗振りする新幹線建設については、普通に読めば、当然に多くの懸念や疑問が予想される。しかし、それらに対する説明が不十分というか、反証的な記述はほとんどない。意識的に捨象しているのではないかと思えるほどだ。これじゃ、眉唾と見なされても仕方ないのではないか。新書という制約もあるのだろうが、プラスとマイナスをきちんと分析し比較衡量したうえで論証するという、学者としての基本的姿勢が希薄だ。

新幹線は都市圏ネットワークの緊密化をもたらし、住民に経済的果実が還元されると藤井氏は言うが、果たして、そうか。北陸新幹線の開業で金沢の経済的発展を強調するが、受益者は誰なんだろう。新幹線を通じて各地の財を東京に吸い上げる意味合いのほうが強いのではないだろうか。
 新幹線に乗らない、乗る必要もない地元生活者にとっての、分割された第3セクター路線の利便性低下や移動コスト増加をどう見るのだろう。北陸新幹線の前身の長野新幹線で、並行在来線が分割どころか碓氷峠を挟んで分断されたことは、災害時の貨物輸送ひとつとっても、国土強靭化の観点で大きな過ちだったのではないだろうか。
 新幹線の建設を進めて行くほど、このような弊害は全国に広がるはずだ。こと新幹線に関しては、鉦や太鼓ではやしながら、在来線の問題は一顧だにされていない。超高齢社会において地域公共交通機関としての鉄道は極めて重要で、それこそ国費を投じても整備する価値のあるものと私は考えるが、強者のための新幹線優先という藤井氏の論調は揺るがない。

藤井氏がスーパー新幹線としているのは全国新幹線網のことであり、リニア新幹線のことではない。しかし、中央本線沿いのルートもちゃんと載っている田中総理時代のネットワーク図を掲載していながら、リニア新幹線のことにしか触れていない。
 ネットワークに大きな価値を見出すのであれば、リニア新幹線建設を中止し、甲府、松本・中津川を経由する従来方式の新幹線とするほうが、代替性、直通性が確保できるうえに、経済的で国土強靭化にも多く資するのは自明ではないのか。そもそも、一回の乗換は30分遅いのと同じ心理的効果があると随所で述べていることと平仄がとれていない。リニアの両端で30分ずつ遅く感じるなら、スピードアップ効果は大きく減殺されるのだ。たぶん、藤井氏は東京での乗換はノーカウントだ。地方創生と言いながら東京中心の発想が語るに落ちる。300km/hと500km/h、その差は縮小しているうえに、上海の僅かな距離を除けばリニアが実用化されていないのには理由があるのではないか。コンコルドと同じ轍を踏むことがなければよいが。

ネットワークの重要性で言うなら、今のJR分社体制で新幹線を捉えるという発想から脱却するというのも一つの行き方ではないだろうか。JR貨物と同じ扱いにしてはどうだろう。ドル箱の東海道新幹線を持つJR東海だから、その儲けをリニア建設に回すという発想になるわけで、他国の新幹線に比べてかなり割高な運賃の引き下げ原資とする道もあるはずだ。そして、日本全体のネットワークを優先させるなら、藤井氏の言うように日本海側であろうが、四国であろうが、東九州であろうが、そちらの新幹線建設に振り向けるべきではないか。新幹線オールジャパンという選択肢もあるのではなかろうか。藤井氏の論旨が正しければ、それでも簡単にペイする訳だ。そして、地方公共交通機関にこそ国のカネを注ぎ込めばいい。

なんだか、ツッコミどころ満載の本で、言いだしたらキリがない。しかし、藤井氏の説にも傾聴すべき箇所はある。既存の新幹線のミッシングリンクを補うというのがそれ。すなわち、長岡・上越妙高間を繋ぐことによるメリットだ。北陸新幹線の新大阪への延伸は確実なので、大阪・新潟間があとわずかの距離の建設で繋がることの効果が見込める。また、国内格差を是正するということでは、松江・岡山・高松というルート、小倉・大分、新八代・宮崎といった路線も排除すべきではないだろう。
 さらに、北陸新幹線について、藤井氏は関西空港への乗り入れを提言している。敦賀から先の延伸ルートが揉めて、ようやく小浜経由で決着しそうだが、それを新大阪から関西空港まで伸ばすというものだ。空とのネットワーク、海外からのアクセスの利便性は確かに向上する。
 その伝でいけば、この本では触れていないが、消えた成田新幹線も検討に値するだろう。東京で乗り換えるのではなく、各地に直行する新幹線が走れば、インバウンド、アウトバウンドの利便性は段違いとなる。遠い空港と呼ばれて久しい成田だが、いきなり富士山麓へ、信州へといったアクセスが可能になれば、評価も異なったものになるだろう。

奈良に住むテッちゃんとしては、リニアが通ることになっても、速いのは良いとしても、地下鉄で東京に行くのもなんだかなあという気持ちがある。そんな個人的な好みはともかく、東日本大震災の記憶が薄れてしまわないうちに、国土強靭化が正しい方法で進められることを願ってやまない。

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