「接続性」の地政学 〜 地図からは読めないこと
2017/8/30

胡散臭さがつきまとう「地政学」、 帝国主義者の金科玉条というか似非社会科学、そんな悪しき印象しかない言葉がタイトルに入った新刊書を手にとってみた。まず、上・下巻の冒頭に収められた多数の地図に眼がひかれる。これは普段馴染みがある地図とはずいぶん違う。例えば、国家に拘泥しない都市のクラスターや、それらを結ぶ多数の線、パイプラインであったり、鉄道や航路、さらには海底ケーブル、それらを使った情報やモノの流れが極彩色で示されている。学校で使うような地図帳では、主題図としていくつかは収録されていても、地勢や国境を表す大陸別の地図や、主要地域の拡大図がほとんどのページを占めるのは昔も今も変わりがない。著者は、いまの世界では人為的に引かれた国境の意味は限りなく薄く、あたかもそれが存在するかのように記載する地図は大きなミスリードに繋がるとばかりの言い方をしている。国家主権の意味が薄れ、サプライチェーンがそれに取って代わる。それが副題にある「グローバリズムの先の世界」であるという。

この本のタイトルがいけないと思う。"「接続性」の地政学"では「地政学」という語に纏わる有象無象を想像して、ちょっと引いてしまう。出来るだけ刺激的にという出版側の狙いかも知れないが、ここは原題の"Conectgraphy"という造語がしっくりする。ある意味では、地理的な位置が決定論的に国家のあり方を左右するという「地政学」の対極にある主張であるだけになおさらだ。著者のインド生まれのパラグ・カンナは1977年生まれというからずいぶん若い。実際に世界中の多くの途上国に足を運び、そこでサプライチェーンがいかに機能しているか、そして行政との関係はどうかと、現地の様子をつぶさに見聞した上での論考だけに説得力がある。興味深い事例にも事欠かない。

詰まるところ、世界地図上の国境に表象される国家主権よりもサプライチェーンに結ばれた接続性が優位に立つという論旨に行き着く。果たしてそうなのか、依然として国家は地球上での主要プレイヤーであることに変わりはないし、サプライチェーンに対抗してその流れや繋がりを断ち切る方向に動く例にも事欠かない。昨今、各地で見られる保護主義的傾向や、人の流れの阻害を良しとする勢力の台頭、非寛容な文化・宗教・民族の対立など、反証はいくらもありそうに思える。しかし、著者はこうした「文明の衝突」を重大視する見方には批判的な立場である。ポスト・グローバリズムは、サプライチェーンの繋がりの強化により「文明の衝突」を超克すると言う。中長期的に見れば、サプライチェーンとの良好な関係なくして、国家主権は衰微の道を辿ると預言する。なかなか即断できることではない。ひとつの世代以上の時間を経ないと答が出ない命題だと思う。

もともとユーラシア大陸を中心に据えて論じた伝統的な「地政学」、そこで辺境の位置にある、わずか10か国しかないという国民国家のひとつ日本を考えるとき、サプライチェーンという見方からも特異性が際立つ。東京から連なる太平洋ベルトの都市クラスターは、グローバルサプライチェーンのメジャーであると認識されてはいるが、勃興著しい中国の複数のクラスターに比べたときの優位性はどうなのかとなると、甚だ心許ないものがある。

本書のなかで、これからの世界でヘゲモニーを握ると目されている中国が採用する統治モデルはオランダ式であると述べられている。つまり、英仏のような武力を後ろ盾に領土拡大を伴う植民地経営ではなく、相手国インフラに深く関与しサプライチェーンを押さえる行き方だという。極東の島国にいてわかりにくいことだが、一帯一路の旗印のもと、アフリカ諸国を筆頭に彼の国の現地への浸透度合は目覚ましいものだ。全面的に資金を負担しインフラをまるごと構築してしまう。その過程ではカネだけでなく人も大量に投入し、現地に華人コミュニティまで作ってしまうのだから、ODAの資金援助でお茶を濁すのとは訳が違う。鄧小平の開放政策の前は三等国に過ぎなかった国の変わりようは驚異である。政権やイデオロギーを超越したサプライチェーンの威力ということか。本国自身も消費者・供給者としてグローバル経済の主要プレイヤーとなった今、政治の世界での対立を皮相的に眺めるだけでは現実が見えてこないということだろう。

最近のテレビを見ていると、外国人の口をして「日本ハスバラシイデス!」と語らせる番組の多さが目立つ。そこに登場するのは大概が欧米系の人たちで、アジア系が取り上げられることはほとんどない。番組としては面白いのだが、果たしてこれで大丈夫なんだろうかという気持ちもある。何となく日本はこれでいいのだという自己満足に導くようにさえ思える。人やモノ、文化の交流が当たり前すぎて、こんな番組など成り立たなくなるようにならないと、ポストグローバリズムの時代の生き残りは難しいのではないかと、ふと考えた。

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