江本孟紀「野球バカは死なず」 〜 むかしの選手は…
2018/6/10

元プロ野球選手が書いた本は色々と出ているが、本当に自分で書いているのかどうかはよく判らない。インタビューをもとにゴーストライターが纏めたものが多数だろうと思う。これは間違いなく自身で書いたと思うのは豊田泰光、かつての日本経済新聞の連載はそのしっかりした文章に感心したものだ。この人はずいぶん本を読んで勉強したらしい。野村克也の本も面白いが、文章に起こすところまではしていないのでないかと思う。その伝で行くと、この江本孟紀の本はどうだろう。語り口は野球中継の解説で聞く彼のものに近く、本人の著述のように思えるが本当のところは判らない。この人の考え方や生き方がストレートに伝わっているから、影武者がいるならそれは相当に優秀な人だろう。こうして名前を並べると、パシフィックリーグ出身の選手ばかりというのが面白い。今でこそ実力とともに人気もあるパリーグだが、この3人は空席の目立つスタンドから野太い声でえげつない野次が飛んでいた時代に活躍した人たちだ。そんな環境でプレーしていると思うところも多くなるというのは勝手な想像だが、自分の頭でものを考える強い個性の持ち主ということでは共通点がありそうだ。

江本といえば、あまりにも有名な「ベンチがアホやから野球がでけん」という放言での電撃引退が思い浮かぶが、この本は癌に冒されたことを機に野球のみならず、その後の芸能界、政界に繋がる人生を振り返るという自伝的な内容になっている。まさに土佐のいごっそう、直情径行というか自分を曲げず思うところを貫くという生き方は時に軋轢を生み本人を苦境に導く。しかし、そこで彼を認めて助けてくれる人が常に現れるというのが、人間性の魅力ということなんだろうか。

これは意外と思ったエピソードがある。江本が東映フライヤーズにドラフト外で入団し初めてシートバッティングの投手を務めたとき、コントロールが定まらず先輩打者たちに罵倒されたとき、次に打席に立った張本勲はバットの届く範囲であれば全て打ち返したらしい。おかげで、そのうちにストライクゾーンに球が行くようになり自信に繋がったという話。「一流」の人は自身の仕事を見事に達成する人、「超一流」の人はそれだけでなく他人を活かせる人との江本の見立てはなるほどと感じさせる。日曜朝のテレビで「喝!」とか上から目線的な物言いで反感を買うことの多い人物の優しさを感じさせるものだ。張本のほか、野球界のみならず、江本が「超一流」とみた人物が何人か登場する。

理論とハート、どちらも備えた指導者がベストだが、そんな人は少ない。どちらかがあればついていけるが、そうでないとというのが江本の考え方。世の中そんな具合にはいかないことのほうが多いし、我慢してしまうのが世間の多くの人たちなのだが、江本はそうしない。しんどい生き方かも知れないが、自分にも多少その傾向があると自覚しているので、非常によく判る。そんなことで、野球選手の自伝ということを超えて、私には示唆に富む本だった。

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