ホールオペラ「ドン・カルロ」 ~ これまで最高の成果
2001/4/12

サントリー・ホールでの「ドン・カルロ」の最終公演。東京を離れて6年間あまりの大阪勤務だったため、ここのホールオペラは久しぶりとな.る。この間の進化は相当なもので、今回のレベルの高さには大変な感銘を受けた。
 これだけの歌手が揃った上に、音楽・ドラマの凝集度の高い演奏は、ウィーンやミラノは言うに及ばず、世界中の名歌手を集めるニューヨークでも数少ない部類のものだと思う。

だいぶ昔に聴いた「シモン・ボッカネグラ」あたりは演奏会形式そのものだったが、この「ドン・カルロ」に至っては本格的な衣装の見事さも相俟って舞台上演と遜色ないレベルに達している。
 ヴィニヤード型コンサートホールという制約を逆手にとり、オペラハウスでよく見かけるように歌手が舞台上のスイートスポットに陣取って正面ばかり向いて歌うのでなく、重唱が自然な感じになり、スペースが狭いことも緊迫感を保つ上で貢献していた。

元々が凝縮されたドラマで、幕を追う毎に緊張感が高まっていくということもあるが、休憩が第二幕と第三幕の間の一回のみで、続けて演奏されたことも、演奏者がドラマに没入していく流れを作ったと思う。ライブでなければ起こりえない相互作用と言うか、好調なソリストたちの間に明瞭な正の連鎖反応を感じた。どの歌手をとっても、この難曲をギリギリではなく、余裕を持ちながら歌い、しかも完全燃焼したときの舞台の凄さを久しぶりに味わった。

題名役のニール・シコフ。
 前にナマで聞いたのが1987年のニューヨークでのホフマン役、以来、そのキレのある高音と情熱的な歌いぶりで、私のお気に入りの歌手の一人になった。それから10年以上も経っているし、写真を見ると頭髪も寂しくなっている。ちょっと不安だったが全くの杞憂に終わる。
 超高音はないものの、その手前のパッサージォの声域を多く要求されるこの役は、かなりテノールにはきついと思うが、安定感のある美声は健在。狂言回しで目立ったアリアもない主人公にも関わらず充分に存在感を示していた。

エリザベッタ役のフィオレンツァ・チェドリンス。
 今年初めの新国立劇場の「イル・トロヴァトーレ」でレオノーラを歌ったようだが、残念ながら私は別のキャストの日に行ったため聴けなかった。その時のレオノーラ役が不満だっただけに、彼女を聴き逃したのが今思うと残念。第一幕第二場のアリアが絶品、このピアニシモ主体の歌を見事な歌いぶり。
 高いところから低いところまでムラのないヴォーチェ・ヴェルディアーナの声質で、折り目正しい歌、舞台映えのする容姿も相俟って、このまま行けば一層の活躍が期待できそう。ただ、終幕の大アリアは、ちょうど背中で聴く位置になってしまったこともあり、やや長さを感じてしまった。

ロドリーゴ役のレナート・ブルゾン。
 この人は何回も聴いているだけに、高いレベルで予想通りの出来映え、驚きはあまりない。衰えは全く感じられず、第三幕の死の場面では横たわったまま歌うという熱演ぶり。あれは歌手には苦しいと思うのだが、全く崩れないところがこの人の凄いところ。

フィリッポ二世役のフルッチョ・フルラネット。
 もうベテランの域に入る人だが、ナマで聴くのは初めて。何をさておき声の量感に圧倒されてしまった。重唱のところは押さえ気味に合わせていたように思うが、ソロの迫力はすさまじいものがある。地の底から響くような声とはこのことか。大阪国際フェスティバルの、この人のリサイタル(4月16日)に行けなくなってしまったのが残念。ブッフォの歌も聴いてみたい。

宗教裁判所長役のハオ・ジャン・ティアン。
 中国人にも立派なバス歌手がいるものだ。プログラム(無料)に載っていたキャリアを見ると、これまでの世界中での活躍も当然という感じ。フィリッポ二世との重唱は第三幕第一場の頂点となる音楽だと私は思っているが、惜しむらくは二人の声質が似通っているために、対立の構図が際だたないこと。このあたり、オペラの配役は難しい。

エーボリ役のマリアンネ・コルネッティ。
 徐々に調子を上げてきて、第三幕第一場の幕切れのアリアは最高の出来。思わず「ブラーヴァ」と声が出てしまった。第三幕第一場はフィリッポ二世のアリアに始まり、バス同士の重唱から主役四人が絡んでドラマが展開し、その止めがエーボリのアリアなので、キマッたときの反応は大変なものだ。この日はまさにその状態。

指揮者ダニエル・オーレン。
 悪くはないけれど、そんなに立派な指揮者という風には思えないのが、新国立劇場で聴いたとき以来の印象で、それは今回も変わらず。これだけ歌手の出来が素晴らしいのは、指揮者の貢献もあるのでしょうが、私には今ひとつピンと来なかった。

東京交響楽団も指揮者同様に今ひとつ。舞台上で演奏している分、ピットの中よりも覇気は感じられたが、管楽器セクションが弱く、表情がない感じはいつもと同じ。秋山和慶が指揮するときは、いいオーケストラだなあと思うのだが…

東京オペラシンガーズのメンバーは、長丁場をパイプオルガンの前の座席で黒いフードのようなものを被ったまま、ライトもあたらず舞台上の幕の後ろに半分隠れた状態。そんな気の毒な態勢だったが、いつもながら立派な出来、人数の割にはボリュームもある。暗いから譜面を見ることもできないので当然暗譜。

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