メトロポリタン歌劇場来日公演「サムソンとデリラ」 ~ ドミンゴ健在
2001/5/19

皮のコートを身をまとい、真っ暗なびわ湖ホール前にキャンプ用の椅子を持ち込み、メトロポリタンオペラの来日公演のチケット前売りに並んだのは前年のこと。うちのカミサンがプラシド・ドミンゴの「サムソンとデリラ」を観たいということで、普段勝手ばかりしている私としては、気合いを入れて出かけた。

ところが、徹夜組が既に10人ぐらい並んでいて、売り出す最低価格席はわずか20席。これでは買えるチケットはかなり高めになってしまう。どっこい、ここで諦めては男がすたる。夜も明けたころ、オペラマニアの悪友宅に電話を入れて叩き起こし、10人目という状況を説明し、彼が10時に電話予約にトライ、私は列が進むのを待つという両面作戦に変更する。

そして、運命の10時、窓口の列の3人目がチケットを購入している時、私の携帯が鳴った。私の前の人たちも並びながら携帯で電話を入れていたが、これは電話回線を混雑させて電話予約を妨害することが主目的のようだ。そこに、プッチーニの「西部の娘」のアリア(私の着信音)が響き、「えっ、取れましたか、じゃ、並ぶのはやめます」という私の応答に、嫉妬と羨望の眼差しが集まる。

極めて薄い可能性だが、いくら混雑するとはいえ、誰かの電話は繋がる。これのポイントは開始5秒が勝負、秒単位まで正確に合わせた時計を見ながら10時直前からダイヤルを始め、時報同時にコーリングするようにかけること、話中だったら即座にリダイヤル、それも3回目でダメだったら諦めるしかないというのが経験則だ。電話が一定量を超えてしまうと、地震の時ではないが、NTT側で塞いでしまうし、繋がるようになったときは既に遅し。私の悪友はヒキが強いようで、東京文化会館でのクラウディオ・アバド指揮ベルリンフィルハーモニーによる「トリスタンとイゾルデ」の最低価格席もゲットした実績があり、遺跡発掘ではないが「ゴッドハンド」の尊称を奉っている。

さて、待ちわびたメトロポリタン歌劇場の来日公演初日、びわ湖ホール。結局カミサンは翌20日の「リゴレット」にしたので、「サムソンとデリラ」を私が観る。ブラシド・ドミンゴとオリガ・ボロディナのタイトルロールに、セルゲイ・レイフェルクス、ロバート・ロイドといった歌手が絡む。このオペラをナマで観るのは初めて。

ドミンゴは1980年代から数えて8度目、MET来日公演で「仮面舞踏会」を聴いて以来になる。もう60歳を超えて、最近では高音域を要求する役柄を避け、ドイツものにシフトしているだけに、ナマで聴いてどんな声になっているかと心配半分だった。
 いやあ、びっくりした。声も歌唱も非の打ちどころなし。全盛期にニューヨークやウィーンで聴いたオテロよりもいいぐらいだ。相手役のポロディナも堂々たるもの。

ところが、エライジャ・モシンスキーの演出は、私がこれまでに現地も含めて観た20演目あまりのMETの舞台でのワーストかも。安っぽい装置と何のインスピレーションもない舞台転換や歌手の動き。私は観ながら「お母さんといっしょ」の公開録画か「アンパンマンショー」をイメージしてしまった。深読みすれば、歌に集中させんがための仕掛けと言えなくもないが、そこまで考えたとは到底思えない。びわ湖ホールが最初で、名古屋、東京、横浜と続くが、どんな批評が載るだろうか。

ソロもさることながら、コーラスがNYで聴いていたときより、格段にレベルが上がっている。汚い地下鉄で毎日通勤してルーチンでこなすのと、はるばる日本まで引越で来て、ゆったりと公演に集中するのとの違いもあるだろう。

半年前の秋、夜中に車を飛ばして、大津まで安いチケットを買いに出かけた値打ちはあった。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system