日韓オペラ「蝶々夫人」 ~ 刺激的、一見(聴)の価値あり
2002/7/28

いやあ、これは賛否両論。終演後、拍手とブーイングで騒々しい新国立劇場というのは、とても珍しいことだ。で、私は…ホジティブ。

チョン・ミョンフンが初めて新国立劇場のピットに入るということで、興味津々。私はバスティーユ追放(?)の時の彼のシモン・ボッカネグラを観ているが、オペラハウスではそれ以来になる。

いきなり、東京フィルがとてもついていけない超スピードの前奏で、オーケストラは空中分解寸前。何とか気を取り直して快速の流れになったかと思えば、蝶々夫人(シルヴィ・ヴァレル)の登場になると、テンポも音量も極端に落とす。雰囲気が一変する。そして、ボンゾ(妻屋秀和)乱入の場面では、大騒乱を演出する。
 第二幕になって、蝶々夫人とシャープレス(ホアン・ポンス)の長い二重唱では完全にオーケストラがドラマをリードしていく。ちょっと、これまでに聴いたことのないような展開。
「お主、なかなかやるのう。でも、ちょっとやりすぎかも知れぬ」

上野(二期会「マイスタージンガー」)と同時並行で、ふたつの東京フィルが演奏しているのだからベストメンバーではないはず。したがって万全のアンサンブルとはお世辞にも言えないけれど、チョンがドライブしているのが聴いていて判る。オーケストラが生きているということか。

歌手陣、こちらもベストの布陣とは言えないにせよ、ドラマ重視。ヴェリズモの「蝶々夫人」ということで、これも賛否こもごものところか。ヴァレルは歌わずに言葉を吐き出すような部分が随所に。でも、この歌い方じゃ、声には良くないだろうなあ。ピンカートンのマルチェッロ・ジョルダーニは可もなく不可もなくというところか、高音の美しさがないのが残念。ポンスは善良なシャープレスにははまり役。スズキのキム・ジュリア、ゴローの松浦健は好演。

ピットもさることながら、今日の立役者は、演出(ロレンツォ・マリアーニ)と装置(マウリツィオ・バロー)。舞台全体は長方形の赤い枠で縁取られ、客席からは箱の中を覗くような感じ(下部も敷居のようになっている)。
 第一幕で舞台全体を斜めに区切る障子が、向こう側に蝶々夫人が現れるとともに開いていく。婚礼の場面の人の動かし方、照明の転換にもセンスと閃きが感じられる。
 第二幕で蝶々夫人の子供が持つ船の玩具を効果的に使うのはアイディア。ハミングコーラスから続く長い間奏のとき、蝶々夫人が障子の前から立ち上がり、客席のほうに向かい、舞台の赤い枠に腰掛けたままになる。客席は否が応でもオーケストラに集中することに、ここでは東京フィル、なかなか雄弁だった。
 破局の最終場面の開始では、オーケストラの強奏とともに、障子や家具が突然崩れるポルタガイスト風(ドラマの象徴とすぐに判り、変な感じはない)。自害のシーン、子供を椅子に座らせて目隠しをするというのは、ちょっとあざとい感じもする。

演出に力が入っていて、オーケストラも粗はあるものの、ドラマに沿った力のこもった演奏をする。これもオペラの面白さ。音楽的にはベストには距離があるけれど、劇場体験という点ではとても刺激的。パフォーミングアートとしてのエネルギーを感じた。
 演奏会形式で聴いた「魔弾の射手」は、そんなに感銘は受けなかったけど、この「蝶々夫人」を聴いた今、チョンの新国立劇場への再登場を期待したいものだ(プッチーニだからいいけど、こんな調子でヴェルディをやられたらたまらないが)。

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