埼玉の「トゥーランドット」 ~ これは不意打ち
2002/9/15

素晴らしい演奏だった。不覚にも謎解きの場面で涙が出てしまう。どうして、こんなところで…。トゥーランドットは荒唐無稽のお伽噺、なんでこの場面で…。

命懸けの謎解きの真実味を感じたことは、これまで、なかった。ただ、テノールとソブラノが声を張って渡り合う、それだけだった。

"la speranza(希望)"と、カラフ(福井敬)が第一問に答えたあとの、トゥーランドット(崔岩光、サイ・イェングアン)の虚勢、"il sangue(血潮)"と、第二問に答えたあとの動揺、こんなに見事に表現したトゥーランドットは初めてだ。
 その前の登場のアリアは、声量的に不満な向きもあるかも知れないが、私は気にならなかった。崔岩光、声はリリコだが、硬質な声はトゥーランドットでおかしくない。私はこの役では珍しい肌理細かな表現にこそ価値を見いだした。

ゲーナ・ディミトローヴァの衝撃のNYデビューも聴いたし、ギネス・ジョーンズの超弩級の歌も聴いた。でも、彼女らとは全然違った美点があるし、これはとても貴重なものだと思う。片や直情的に迫る福井カラフ、掛け合いの見事さ。聴かせどころの歌は他にいっぱいあるのに、謎ときの場面に感銘を受けるとは不思議だ。
 崔岩光、舞台映えのする人だ。コシノヒロコの衣装も素敵。カラフが命を賭けるというのも納得できるトゥーランドット。

福井敬、Nessun dorma(誰も寝てはならぬ)では少し傷があったが、最高音も見事に決めてくれた。安心して酔えるテノールだ。さて、この人、次はモーツァルトとヴェルディ(イドメネオとエルナーニ)。

リューは予定のアンナ・クオが病気キャンセル(クーラーで風邪をひいたとか)。何と、代役は天羽明恵。昨日ツェルビネッタを歌ったばかりじゃないか(私が聴いたのは12日)。伸び盛りの人はこういうことが出来るんだ。

Signore ascolta(お聞きください、王子様)では、ツェルビネッタのときにも感じた、今から決めるぞ、というようなところがあって、もっと自然にという気がしたが、後半は全く違和感もなく、Tu, che di gel sei cinta(氷のような姫君も)はとてもいい感じ。蓮っ葉な娘から、一夜で純真無垢な女奴隷に変身とはお見事。

歌手陣もさることながら、オーケストラとコーラスには感服。神奈川フィル(現田茂夫指揮)は初めて聴きましたが、ちょっと硬い響きながらも、若々しく活き活きとした音を出してくれた。どうせお客は舞台しか観ていないんだからという気持ちで、ピットのルーチンをこなすオーケストラとはひと味違う。これが演奏会形式の良さでもあるのだろう。

コーラスは神奈川フィル合唱団、最近に編成されたらしいが、これは聴かせてくれた。プログラムを見たら、合唱指揮が堀俊輔、イタリア語指導がエルマンノ・アリエンテとあったから、むべなるかな。
 小田原少年少女合唱隊の子供たち、登場したときの舞台上の表情が柔らかい。ニコッと笑っている子もいる。ひと昔前なら考えられなかったこと。舞台上で目の前で素晴らしい歌を聴いて、将来は前に立ってください。

埼玉会館大ホール、私はもと埼玉県民なのに、初めて。テレビの公開録画なんかをやるところかなと思っていたら…
 これは素敵なホールだ。木の洞窟に入ったような感じ、丸みを帯びた天井まで木なので、ちょっと音響はライブかなと思ったが、始まってみるとそうでもない。古いホールをリニューアルようで、1400人ぐらいのキャパだろうか、1階最後列からでも舞台が近い。ちょうどNHKで放映されていたチューリッヒのオペラハウスと似ている。そして、入口から客席全体が下りスロープになっていて、平土間というものがない。指揮者が一番低い位置になる。すごく舞台に集中できる造りだし、当然演奏者も同様だろう。これはコンセルトヘボウのイメージかな。

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