豊中の「トゥーランドット」 ~ プッチーニじゃなくブゾーニ(本邦初演)
2002/11/15

大阪音楽大学のカレッジオペラハウスには、1989年のオープン以来何度も足を運んでいる。ここが日本最初のオペラ専用劇場のはず(専属オーケストラとコーラスも持っている)。これまで、ブリテン「アルバート・へリング」、ダッラピッコラ「囚われ人」「夜間飛行」、シューベルト「家庭戦争」、黛敏郎「金閣寺」などというレアもの、普通のレパートリーでは「トスカ」、「さまよえるオランダ人」、「サロメ」などを聴いた。東京に転勤になったので、メノッティ「領事」を聴けなかったのが残念だった。

大阪府豊中市の大学構内にあり、大阪空港(伊丹)への着陸航空路の真下なので、外はうるさいが、中の防音は完璧。阪急電車の庄内駅が最寄り、キタのターミナル梅田駅から10分というところ。私は大阪空港~蛍池~庄内というルートで、今日は逆方向からのアプローチとなった。

下町のパチンコ・飲食店街を抜け、文化住宅が建ち並ぶ真ん中に、忽然とオペラハウスが出現するのも大阪的。かなり早めに着いたので、ブラブラしていると、オーケストラの団員とおぼしき若い人、お好み焼き屋の前で、「なんか、食べとこかあ」「終わってからにしたほが、ええんちゃうか」

リューの登場しないトゥーランドットは、こういう姿なのかという感じ。話がとてもスピーディに展開する。上演は休憩なしに全4場通しで1時間半程度。場面の構成はプッチーニと大きな違いはない。

いきなり皇帝アルトゥム(松下雅人)の語りから始まる。全編を通じて台詞の部分が随所にあり、雰囲気はジングシュピール風、私は初めて聴く音楽だが、思ったよりも随分親しみやすい。後半第3場の初めにはインテルメッツォ風にグリーンスリーブズのメロディまで出てくる。

実際のコメディアデラルテ(即興芝居)を観たことはないが、こんな感じなのだろうか。真面目に人間性の深淵に迫ろうなどという気はさらさら無く、ややシニカルな言葉の応酬。それゆえ、例の三つの謎の正解が「悟性」「道徳」「芸術」という抽象的・観念的なものなので、逆に笑えるところだ。これは、どう見てもイタリア的じゃなくドイツ的だなあ。

出演者は、このオペラハウスの常連メンバーで固めている。
 なかでも、松下雅人さんの皇帝役は台詞回し、歌唱ともども皇帝らしい重厚さを感じさせてくれた。この役柄はプッチーニとは印象がまるで違う。

ブゾーニの題名役は、プッチーニほど強靱な声を要求するものではないが、ここでサロメも聴いたこともある小西潤子さんは、この役には不足はない。

プッチーニのカラフのイメージがありすぎるからか、この役を歌った小餅屋哲男さんはちょっと気の毒な役まわりだ。もっとスピントがかった歌をどうしても期待してしまう。この800人ほどの劇場だと無理に声を張る必要はないのは判っているんだが…

三人の道化役(西垣俊朗・田中由也・晴雅彦)は、それこそ狂言回しの要の役柄、歌もさることながら芝居達者で楽しませてくれた。

京劇の巌慶谷さんの踊りが随所に挿入されて、これは効果的。一方で人形芝居の舞台様の大道具の使い方は演出(井原広樹)の意図がよくわからなかった。

いつもながら、ここのオーケストラには感心する。本番会場をいつも使えるというメリットもあるのだろうが、よく練習を積んでいると思う。今日は特にブラスが良かった。何より特筆すべきは、オペラのピットで各楽器が舞台上の歌手と一緒に呼吸することだ。変な言い方だが、歌い手に引き渡す、歌い手から引き取る、そこの阿吽の呼吸が劇場オーケストラでないと身に付かないものがあるように思う。例えが良くないが、今年聴いた「セヴィリアの理髪師」でのボローニャのオーケストラと東京フィルとの違いのような(後者が悪いということではない)。

たぶん、今回指揮台に立った阪哲朗さんの功績も大きいのだと思う。鳴らすところは鳴らしているし、デリケートな表現にも意を払っている。活躍中のベルリン・コーミッシェオパーでこの作品を採り上げたことがあるのかどうか不明だが、劇場の呼吸を理解している人だと思う。この人、来年は新国立劇場「ホフマン物語」に登場の予定。

現代作品は聴いたそのときはそれなりに楽しめても、また観たい聴きたいと思うことは多くないが、このトゥーランドットならまた聴いて(観て)みたい。
 なお、当初、チラシには「関西初演」と謳っていましたが、原語(ドイツ語)かつオリジナルのフルオーケストラでは、これが日本初演ということのよう。

上演前、いつものように喫煙コーナーにいたら、また若杉弘さんに遭遇。
「先日は京都駅のホームで失礼しました」
「ああ、どうも」
「きっと、今日も来られるのではないかと思っていました」
「明日、大阪フィルを振るので、こちらに来ていたもので」
「そういうことですか。以前、ダッラピッコラのときも、お見えになっていましたね」
「ええ、ヒロシマのオルフェも観ましたよ」
「そうですか、こちらではまだ振られたことはないですね」
「オーケストラとは一緒に仕事をしたことがありますが、ここでは…」
「是非お聴きしたいものです。ここは大き過ぎず、音がいいですし…。私は、先日のびわ湖ホールと今日と、単身赴任先からの帰省をオペラに合わせてという状態です」
「なるほど、なるほど」

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