新国立劇場「光」 ~ 日本オペラには「天むす折詰」
2003/1/17

オペラにはあまり行かない、現代音楽マニアの職場の同僚T君に尋ねられる。
「一柳慧の『光』って、行ってみようかと思うんですが、チケットどうやって買ったらいいでしょうか。土曜のつもりなんですが」
「安いほうがいいなら、当日10時に窓口で1500のZ券を買えばいいよ。並ばなくても多分大丈夫。私は初日に行くつもりだけど」

かく言う私は、お昼休みに新国立劇場に電話してチェック、30数枚のZ券が残っているということで、これなら楽勝。映画並みの値段でオペラが観られるありがたさ。Z席は結局20席以上は売れ残ったようだ。私は後半の移動に備えて、サイドバルコニーを指定。意外、ここは観やすい席だ。発売順序は後のほうなのに…

公演のチラシ

本邦初演、言うまでもなく世界初演、のオペラを聴くのは初めて。私のメインストリームはイタリアオペラだけど、30数年オペラを聴いていると、多少は人間も出来てきて、同じ感興を求めようなどというつもりはない。さて、この「光」を聴いて、魅力的な芸術ジャンルではあるにしても、もはやオペラという形式が、現代において生み出すものが少ないことを強く感じた。

近未来の時代設定、主人公は宇宙飛行士、帰還後、逆行性記憶喪失症で入院中というところから物語が始まる。彼の記憶を遡るという筋書きで、中国人看護婦、宇宙資源開発局の役人たち、痴呆症の老女、新宿のホームレスといった人たちが絡む。情景の積み重ねという感じで、全体を貫くドラマ性は希薄だ。

要は、過度なストレスに苛まされた人間が、ある意味では純粋な、アウトサイダーたちとの触れ合いを通じて癒しを得る。そんな道筋をオペラにしたということだろう。そういう点では現代的なテーマかも知れないが、説得力があるかとなると…

面白いところはあった。菅英三子さん演ずる老女のコロラトゥーラと、主人公ミツダの井原秀人さんの掛け合い。朗唱的な歌が続くお馴染みのパターンの中で異彩を放つ場面だ。やはりコロラトゥーラはどうしても狂ったというイメージになってしまうのかな。これは狂乱の場以来の伝統か。

中村健さん演ずる老人ホームレス、この役柄もキレた人です。これは曲の書き方が上手いのか、中村さんの演技力・歌唱力なのか、不思議にリアルで存在感がある。短歌にしてホームレスの心情を吐露する場面なんて、人を喰ったような可笑しさがある。近場の新宿中央公園から借りてきたかと思われるような段ボールハウス、隣のファミリーマートで買ってきたようなコンビニ弁当、小道具も笑える。

隣のオペラシティのマグタレナ・コジェナーを袖にしても聴きたかった釜洞祐子さん、相変わらず明晰な言葉で惚れ惚れとする。"日本語"字幕があるけど、彼女の場合は不要。この公演では出演者すべてが言葉が明晰でした。これは一柳氏の日本語に対するセンスの良さなのかしら。

釜洞さんの看護婦姿、カーディガンを羽織った普段着姿、なぜか私は東京電話のCMで大根持った松坂慶子をイメージしてしまった。似ているなあ。

井原秀人さん、とうとう帝都の舞台の主役ですか!豊中カレッジオペラハウスの広上淳一「トスカ」では看守役でした。シューベルト「家庭戦争」、ダッラピッコラ「囚われ人」での主役、そして「金閣寺」溝口でのブレイク。大阪で聴いてきたものとして嬉しい限りだ。釜洞さんも関西人で、私の妹と大学の同窓、だからという訳じゃないですが、応援してしまう。

終幕の長いモノローグ、井原さんの美声を堪能した。ただ、音楽の語法としては、ありきたりのような感じ。その後に続く和楽器とコーラスのシーン、最後のフルオーケストラの幕切れ、予想通りのパターンでした。

結局、純粋無垢な女性によって癒し・救いを得るというのは、オペラを観る人なら誰でも思い浮かぶパターンだ。未だあの巨人の呪縛から逃れられないのかなあという感もある。

いつもの東京フィルでなく、この公演は東京交響楽団。現代ものに強いオーケストラだし、若杉弘さんの指揮だし、ピットは安心して聴ける。4階バルコニーからオペラグラスで覗き込むと、若杉さんの前のスコアは30数段の特大サイズ、でも1ページに縦線は4本ぐらいしかない。空段が多く音符がぎっしり詰まっている感じでもない。赤や青の○や△があちこちに。お昼に聞いたT君の講釈では、一柳氏の楽譜は美術品に近いとかだったけど、この手書きのスコアは、見るところ、そんな感じはないなあ。

客席に座って驚いたのは、これまでに見たことのない、ピットの2/3ほどを覆う半透明の黒いシートがかけられていたこと。バイロイト風なんでしょうか。大編成のオーケストラだし、声を殺さないようにという配慮なのか、そこのところはよく判らない。

早く行かなくっちゃ、Z券がなくなってしまう、ということで、脱兎のごとく会社を飛び出したが、腹が減っては何とかで、地下鉄に乗る前に、駅近くの「築地天むす」に。ここは15種類ぐらいの天むすがあるのだが、こっちは急ぎ、迷っている時間はない。ディスプレイにあるものを、五つ入れてもらって天むす折詰600円。コンビニおにぎりよりは値が張るが、見た目も綺麗で美味しい。最近の駆け込み弁当はこれ。新国立劇場は、1階奥に各地の公演チラシなどを置いたお弁当(を食べる)コーナーがあるのでサービスがいいなあ。お茶やコーヒーの自販機まであるぞ。

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