デプリースト/新日本フィル/ショスタコーヴィチほか ~ 確かに、ただ者ではない
2003/3/7

雨の中、錦糸町まで。週末下町シリーズの開始だ。

「デプリーストは素晴らしい指揮者ですよ。三度聴きましたが、どれも!」
 「そう…、前に都響で聴いたけど、あまり印象に残っていないなあ…」
 お昼にT君と、そんなことを話していた。
公演のチラシ

確かに彼の言ったとおりだった。

このバルトークとショスタコーヴィチは、素晴らしい演奏。新日本フィル、今シーズンは定期会員なのに、昨年のフルネ指揮以外はそんなに感心したことなかったのに…

指揮者が違うとこうも変わるのか。今さら当たり前のことに感心する。音量のコントロールが見事だ。各セクションの総和としてのmf mp があるのでなく、それぞれのプレイヤーが同じmf mp を奏でている。だから、聴いていて音がとてもクリアだ。そして、音量自体が無段階のバリエーションを持っている。その結果、ショスタコーヴィチさえ、喧しく聞こえない。ありがちなヤケクソ気味の大音量は皆無、常にデプリーストのコントロールの下にある感じ。あるときは急激に、あるときは緩やかに移ろう音の濃淡・強弱がとても自然だ。

ショスタコーヴィチ第12交響曲の冒頭のチェロとコントラバスの印象的なテーマ、見事な新日本フィルの奏者たちだ。これは全曲を貫くテーマのようで、何か他の曲で似たものがあるような気がしてならなかった。トリフォニーホールから錦糸町駅に歩く間に思い出した。ヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」だ。似ていないかな。

プログラム前半は、ジョルジー・パウクのソロで、バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番。私は初めて聴く曲だが、第2楽章の静謐さに惹かれるものがある。ソロはまさにそういう感じの演奏、オーケストラとの呼吸もぴったり。前後の楽章も、ショスタコーヴィチ同様に音量バランスの見事さで、輪郭がくっきり浮かび上がる。オーケストラの編成は大きめなのに、室内楽を聴くよう。

こういうイメージの曲が他にあったなあと考えれば、そうそう…シベリウスの第4交響曲だ。似てないかな。

突然、下世話な世界。今夜感じたのだが、トリフォニーホールの座席はいまいちだ。造りが華奢なのか、材質の問題なのか、隣人の振動が伝わってきて落ち着かない。体をよく動かす人のようで、騒音じゃないので文句も言えないが、どうも振動の伝導率の高い椅子のようだ。

ジェームズ・デプリースト氏、ボブ・サップ張りの巨漢で、身体的(成人後に小児麻痺)・人種的(希な黒人指揮者)なハンディキャップの中で地歩を築いてきているだけのことはあり、ただ者ではない。

先日の岩城宏之/東京フィルに続き、国内オーケストラの当たりが続いた。

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