ラザレフ/日本フィルのショスタコーヴィチ「交響曲第11番」 ~ なにやら今日的
2003/3/13

地球の上で今にも戦火が巻きあがろうとするとき、この曲の響きはとても不気味で、恐ろしささえ感じる。1905年のクレムリン血の日曜日を描いたのか、実はハンガリー動乱の暗喩なのか、真相はわからないが、いずれにせよ暴虐と愚行を音化しようとしたショスタコーヴィチの意志が感じらる。

凄まじいダイナミックレンジだった。それと言うのも、第1楽章、第3楽章の弱音が、これ以上小さく演奏できないというほどの音だったから。もちろん弱音器付きなのだが、管楽器の音なんて、誰かのバッグの中で携帯でも鳴っているのかなと思ったほど。

第1楽章全体が、そんなデリケートな音だ。二階正面最前列で聴いていると、その舞台の弱音にがぶって、階下のあちこちでいつもの飴剥き音、ああ、今どきの年寄りはこれだから…演奏中にモノを食べないでほしいなあ。
 そのせいかどうか?ラザレフ氏、第3楽章の低弦のピッツィカートに乗ってヴィオラが奏でる弔いの歌のところでは、手はヴィオラのほうに、上半身は客席のほうに向いているではないか!
 えっ、と思ったが、そのときの客席の静寂といったら…。これは、なかなかのパフォーマンス!
 そして、爆発的で暴力的な第2楽章と第4楽章、奇数楽章との対比が見事だ。

日本フィルもなかなかいい。一週間前に双生児とも言える交響曲第12番を新日本フィルの演奏で聴いたが、甲乙つけがたい。響きの明晰さではデプリースト/新日本フィル、エネルギーの強烈さでは日本フィルかな。ホールの違いもあるだろう。私は響きすぎるサントリーホールは輪郭がぼやけるような気がして、トリフォニーのほうをとるが…。まあ、好みの問題か。

客席は5~6割の入りで、少し淋しい感じ。私は当日券だが、100枚程度の発売のはずなのに、この空席は何なのだ。会員がチケットを無駄にしているということなのかしら。そんなことならバックして学生に500円か1000円で販売するようにしたらいいのに。よほどオーケストラのサポートになるのになあ。

プログラム前半のラフマニノフのピアノ協奏曲第1番、小川典子さんのソロ。曲自体は駄作のような気がするが、力強いピアノにはちょっと驚いた。二の腕のたくましさを見ると納得。チラシの写真と比べると、舞台姿は大人の魅力がある。ニコッと笑って指揮者にキューを出すところはチャーミング。前半はPゾーンで聴いて(観て)いたので表情がよく判る。

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