エディタ・グルベローヴァ 「チューダー朝の女王」 ~ 超弩級!オペラ3本分!
2003/3/28

これが、今回の来日の初公演なのだろうか。大阪のザ・シンフォニーホールでのグルベローヴァのリサイタルにカミサンと出かけた。4月から大阪勤務となる私、これは、その前哨戦のつもりなのに、とんでもないプログラム、ぐうの音も出ないほど圧倒されてしまった。

転勤に先立つ業務引継の出張がなければ、直前に「大阪のペアチケット急譲」の書き込みを発見しなければ、聴くこともかなわなかったリサイタルだ。これこそ、「天網恢々、疎にして漏らさず」、あっ、これじゃ意味が違う、「天の配剤」と言うべきか。

最近は、グルベローヴァ来日の度に、「まだ、大丈夫かしら?」と心配しつつ出かけるが、今回もそれは杞憂。昨年の「清教徒」を遙かに凌ぐ好調ぶりだった。
 何しろ、ドニゼッティの3つのベルカント・オペラから、規模といい難易度といい、超弩級と言って差し支えないナンバーを並べるという、ちょっと彼女以外では考えられないプログラムだ。

「マリア・ストゥアルダ」より
   "ごらん、かぐわしく美しい野原がひらけ"
 「ロベルト・デヴェリュー」より
   "彼の愛が私を幸せにしてくれた"
   "冷たい男よ、彼女のそばで暮らすがよい~流された血は"
 「アンナ・ボレーナ」より
   "若い頃は純真だった"
   "あなたたちは泣いているの~私の生まれたあのお城に私を連れていって
     ~よこしまな夫婦よ!"

私に好条件でチケットを譲ってくださった方は、「これはオペラ3つ分の値打ちがありますよ」とおっしゃっていたが、まさにそのとおり。中でも素晴らしかったのは、「ロベルト・デヴェリュー」からの最初のナンバーと、「アンナ・ボレーナ」のフィナーレ。

どの曲についても言えることだが、単にベルカントの粋を聴かせるなんてものではない。恐ろしいほどに役柄・ドラマへの傾斜がみられる。
 ジョーン・サザランドの最晩年の録音でしか聴いたことのない「アンナ・ボレーナ」に至っては、「えっ、これが同じアリアなの!」という気持ち(私、サザランドは嫌いじゃないが)。
 これは"狂乱の場"ですから、あらん限りのテクニックを駆使した名技を聴かせてくれるに止まらず、音楽の明暗や表情の変化が凄まじい。Coppia iniqua!(よこしまな夫婦よ!)という歌詞以降のシャープで強烈なこと。その前の部分の消え入るようなピアニシモの持続との対比には、呆然としてしまう。

ほとんど完璧と言ってもよい出来映えだったが、休憩直後の 「アンナ・ボレーナ」の一曲目は、10年以上前と比べると、音の激しい跳躍の部分でやや自然さが薄らいだような印象を持った。でも、その程度。これだって、極めて不自然なメロディラインを、あたかも自然であるかの如く、何の苦もなく響かせていた頃が、そもそも尋常でなかったのだし。

なお、アンコールは2曲、「シャムニーのリンダ」から、そして、最後に一転、ロッシーニとなり、Una voce poco fa(つい今の歌声は)。
 前者はグロベローヴァの舞台は観られなかったが、その少し前の日本初演を広島まで聴きに行った曲、これも到底同じ曲とは思えない。
 後者は、難プログラムを無事終えて、完全にリラックスモード、指揮台の夫君フリードリッヒ・ハイダーとの掛け合いなどもあり、グルベローヴァの所作もコミカル。しかし、歌の基本的なフォームが決して崩れないのは言わずもがな。

大阪センチュリー交響楽団は2年前まで、大阪フィルよりも多く聴いていたが、メンバーも多少替わっているようだ。せっかくこれから私は大阪なのに、高関さんが辞任するのは淋しいものがある。間違いなくグルベローヴァに触発されて、伴奏だけでなく、歌のインターバルのインストルメンタル・ピースも力演だった。
 アンコールの際、全然お座なりでない拍手をしているオーケストラのメンバーの姿を、舞台上に見るのは珍しいこと。

ベルカントオペラの復活という域を超えて、そこにドラマを吹き込むというところが、グルベローヴァの基本的アプローチなのだと思う。それは、超絶的な声の威力、優美なメロディラインで織り上げられた少し前のベ ルカントオペラからの進化形だろう。
 だから、彼女が見せるテクストやドラマへの没入について、抵抗感を持つ向きがあっても不思議ではない。しかし、各ナンバーに息づく音楽の流れや全体の美観を殺すことなく、それをやってのけるところがグルベローヴァの凄さだ。

滅多に座ることのない1階席のど真ん中、グルベローヴァが間近に。1704席のホールで舞台も低いから、なおさら。見かけも思った以上に若々しい。
 カミサンはグルベローヴァは初めて。あまりの驚きで声も出ないという状態。後ろの座席の浪速のおばさま連は、終演後にぽつんと、「ああ、よかった、ほんま、恍惚のひとときやったわ~」
 マダム、御意!

"チューダー朝の女王"リサイタルに始まる、グルベローヴァのひと月以上の日本滞在、そして最後には「ノルマ」初挑戦が待っているのだから、並々ならぬ意欲が窺える。圧倒的な大阪のリサイタルを聴いた限り、備えは万全とみた。
 転勤で行けなくなった東京のチケットを順次処分中だが、みどりの日の「ノルマ」だけは手放さない。日帰り弾丸ツアーで上野に駆けつけるのだ。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system