トリエステ歌劇場「タンクレーディ」 ~ バルチェッローナ見参
2003/6/1

いつも投稿している掲示板に、一年以上も前に書き込んだのが、以下のような内容。

「桜の頃に鬼が笑う(来年のトリエステ?)」
                    2002/3/19
 来年6月に、トリエステ歌劇場が来日し、タンクレーディを演るとか。歌うのはダニエラ・バルチェッローナ(私は未聴)ということだ。それにしちゃ、かなりマイナーなところから来ますねえ。トリエステのテアトロ・ヴェルディというのは、有名ではあるにしても…
 軍港の街トリエステは旧ハブスブルグ帝国の南端、地中海への出口、ジェネラーリというヨーロッパ有数の保険会社の本社がある。クラウディオ・アバドがオペラデビューしたのもここらしい。一度トリエステに行き損ねた私の知っているのは、その程度。
 新聞に記事が載っているのを教えてくれた、チェロを弾く友人曰く、
「『タンクレディ』って書いてあるの、何ですか?」
「ロッシーニのオペラだよ。アクセントは後ろから二音節目だけど」
「あっ、そうですか。また太目のソプラノが歌うのかと思いましたよ」
むむっ、確かに新聞では「ー」がないから、取的歌手という誤解も…

そして、いよいよ、大津で、タンクレーディに、バルチェッローナに、相まみえるときが。まさか、東京から奈良に戻っており、びわ湖ホールでの日本初演を聴けるとは思っていなかった。オーチャードホール(渋谷)のチケット入手に失敗、つい最近、チケット掲示板で「びわ湖求む」を出したら、お譲りいただいて。ありがたいこと。

ともだちと二人、大阪駅から米原行の新快速に乗り込み、おしゃべりをしていたら、四人掛けの前の座席の人が声をかけてきた。えっ、あれまあ、ミン吉さんではないか!何という偶然!昨日の「ルチア」から関西遠征ということらしい。

さて、大津での日本初演、一言で言えば、まだら模様という印象。

題名役のダニエラ・バルチェッローナは文句なしに素晴らしい。堂々たる舞台姿、まろやかでムラのない深い声。言葉の響きの明晰で美しいこと。ちょっとヴィヴラートが気になる箇所もあったが、傷というほどのこともない。
 登場のアリア、「おお祖国よ!(Oh patria!)」は、思ったよりもおとなしめに感じた。もっと強烈な印象を受けるかと思ったのだが、声の美感に重きを置いたような。第2幕になると、ずっと表現の振幅も大きくなり、充実度が増した。確かに、類い希な逸材。

タンクレーディの恋人アメナイーデを歌ったソプラノ、アニック・マッシスは残念ながら出来はいまひとつ、私は初めて聴いたが、年齢的にもピークを過ぎている感じだ。この至難の役柄を歌うのにいっぱいいっぱい、余裕が感じられない。第2幕のレチタティーヴォでは早く飛び出してしまうトチリもあった(このあと、プロンプターの声が急に大きくなった)。
 この役はドラマの要の役だ。登場人物の人間関係の中心にいるし、第1幕フィナーレのアンサンブルもリード役だし、このソプラノがしっかりしなければ、ドラマとしての感銘度は半減してしまう。ちょっと、残念。

私にとって、発見だったのは、アメナイーデの父親役アルジーリオを歌ったテノール、チャールズ・ワークマン。最初、バリトンかと思わせるような強い声のレチタティーヴォ、そしてアリアでは胸声での超高音が飛び出す。第1幕のアリアでは、ちょっと詰まったような音になっていたが、幕の後半からは見事。何という広い音域、強く個性的な音色。バルチェッローナと二人、舞台を支えていたと言っていい。

恋敵役オルバッツァーノ役のニコラ・ウィリヴェーリ、出番は短いがいいバリトンだと思う。アメナイーデの侍女なのだろうか、イザウラ役のソニア・ザラメッラ、可もなく不可もなくという感じ、魅力は感じなかった。タンクレーディの従僕なのか、ロッジェーロ役のダニエラ・ディ・ピエトロ、こちらのほうが魅力がある。脇役にもきちんとアリアが用意されているのは、この時代のオペラの定型なんだろう。
 主役3人に加え、この3人、長い6重唱もあるし、6人の名歌手がそろえば言うことなしだが、アンサンブルはともかく、ソロになると差が目立った。

パオロ・アッリヴァベーニ指揮のオーケストラとコーラス、どう言えばいいのか。誤解を恐れずに書くと、ミラノやボローニャの良いときの水準を10とすれば、新国立劇場での東京フィルやコーラスが6~8、このトリエステは贔屓目に見ても5ぐらいかなと思う。
 特に、コーラスはいただけない。人数は多くなくて、一人ひとりの歌が聞こえる感じだが、素人の耳にも狂っているんじゃないかなあと思う人が何人か。最初から最後まで耳にしたから、これはつらい。
 現地のプロダクションを引越公演で丸ごと持ち込むのだから仕方ないにしても、どう見ても国内のオーケストラやコーラスに見劣りがする。別の見方をすれば、主役クラスだけを海外から呼んで、シングルキャストで固めるという新国立劇場の次のシーズンのスタイルは正解とも言える。

この作品、CDでは何度か聴いていたが、ヴェネツィア版とフェラーラ版と、結末の違う二つの版があるということ。大阪から京都までの車中、ミン吉さんにお聞きしたら、今回は悲劇的な結末のフェラーラ版をベースに+αらしいとのことだったが、プログラムを買わない人間なので、詳細は判らない。予定終了時刻をだいぶ過ぎていたから、+αが多かったのかな。でも、タンクレーディの出征から戦死に至る結末、いかにも唐突な感じです。

余談ついでに。東京から奈良への引越で、収納スペースがなくなったOpera News (Metroplitan Operaが出しているオペラの月刊誌)のバックナンバーを、またびわ湖ホールに寄贈した。電話で申し出たら、着払いの宅配便でいいですとのことだった。寄贈は二度目になる。これで、1987年以降、一冊も欠けることなくメインロビー脇の資料室に並んでいる。捨ててしまったらタダのゴミ。さっそく綺麗に製本して有効活用していただいているようで、ありがたいことだ。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system