サッバティーニ/高橋薫子ジョイントリサイタル ~ 私のファースト・チョイス
2003/10/27

夕方近くになると、オフィスでは何となくソワソワした人が大勢。「お先に失礼しまあーす」なんて言いながら家路に(あるいはTV放映中の飲み屋か)。そう、今夜は泣いても笑っても、第七戦。ドラゴンズファンの私としては、来年、未知数の落合監督に賭けるしかないし…

午前中、昔の職場の元部下に電話する。
「私からの電話はいつもいい知らせだよ。今夜空いてるかい。バレンボイム/シカゴ交響楽団のマーラー第九交響曲に代わりに行っていってくれないかなあ」
 これは、棚からボタ餅ならぬ、鏡餅級の衝撃、何しろ彼はかぶとやま交響楽団の木管パートのメンバー。
「ええっ、そんなの、いいんですかあ」

日本シリーズもパス、シカゴ交響楽団まで袖にして、出かけたのはいずみホール。緊急開催、サッバティーニのリサイタル、大阪では初めて。サッバティーニ、そしてゲストが高橋薫子というから、東京での「ロミオとジュリエット」(グノー)のコンビのスワップになる(ピアノはマルコ・ボエーミ)。どちらも好きな歌い手なので、何の後悔もない(でも、別の日にしてくれたらなあ)。
 結果、これがファースト・チョイスで、誤りなし。

プログラムは、事前の発表と少し違った。
 ペルゴレージ「もし貴方が私を愛してくれて」
 グルック「オルフェオとエウリディーチェ」~「エウリディーチェを失って」
 カッチーニ「アヴェ・マリア」
 ドニゼッティ「愛の妙薬」~「人知れぬ涙」
 プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」~「私のお父さん」
 プッチーニ「トスカ」~「星は光りぬ」
   …… 休憩 ……
 レハール「微笑みの国」~「君こそわが心」
 ヨハン・シュトラウス「こうもり」~「侯爵様、あなたのようなお方は」
 ロイド・ウェッバー「オペラ座の怪人」~「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」
    「オール・アイ・アスク・オブ・ユー」
 フレデリック・ロウ「マイ・フェア・レディ」~「踊り明かそう」
 バーンスタイン「ウエスト・サイド・ストーリー」~「マリア」「トゥナイト」

サッバティーニが歌う予定だった、セルセとドン・オッターヴィオがペルゴレージのアリエッタとカヴァラドッシに差し替えられたことになる。そして、アンコールは、「マッティナータ」、「浜辺の歌」、「ローマよ、今夜はふざけないで」、「オ・ソレ・ミオ」というもの。

開幕のペルゴレージ、様子見がちの慣らし運転という感も。しかし、得意のソット・ヴォーチェは早くも全開、中音域の響きの素晴らしさはモノが違うというところ。好調の予感。

グルック、私はメゾソプラノでしか聴いたことがなかったが、テノールで、サッバティーニが歌うと、あまりにドラマティック。唖然。のっぺりしたメゾ・ソプラノに慣れていると、同じ曲とは思えない。そして、テクニック総動員という感じ。アリア後半に移る「エウリディーチェ」というフレーズの何と切実な響き。この時代のオペラのスタイルとしては異質なものかも知れないが説得力はある。低く「ブラーヴォ」と叫んだ私が、今日の客席最初の一声。それから、だんだん大阪のお客さんのノリも良くなって…

カッチーニで高橋薫子(のぶこ)さん登場。ピュアで暖かみがあって、よく通る声、ただ、800人の会場で前から8列目で聴くと、わずかばかりの不安定さに気づく。

昨年の公演を見逃したドニゼッティ、これはサッバティーニの真骨頂、ちょっとやりすぎと見る人がいるかも。でも、ピアニシモの美しさには抵抗しがたい。

プッチーニになって、高橋さん、ペースをつかんだ。舞台姿もチャーミングだし、表情もかわいい。リリコにとって得なアリアですが、オペラの中で歌えばもっと魅力的だろう。この人は、コンサートよりも舞台で映える花のある人だ。ちょっと気になったのは、ステージの出入りの際の歩く姿勢に改善の余地があること。こんなことは練習で何とでもなる。

カヴァラドッシ、サッバティーニではどうかなと思ったが、これがとってもいい。最近はフランスものを聴くことが多かったのだが、昔にはロドルフォも聴いたことがある。何度も色々なテノールで聴いたこのアリア、今夜のサッバティーニは私のこれまでのベリー・ベスト。密やかなピアニシモとスビントの強烈なコントラスト、曲目を差し替えただけのことはある。

休憩をはさんで後半は、オペレッタ、ミュージカルのナンバー。聴いたことのない曲も半分ほどあったが、サッバティーニの歌を聴くと、これをミュージカルの歌い手がほんとに歌えるのという気がしてくる。歌い崩しなど皆無、本来この曲が想定している歌唱とは桁違いのものだと思える。それが、必要かそうでないか、好き嫌いは別として。
 「ミュージック・オブ・ザ・ナイト」が、その典型。歌い出しのバリトンかと思うような深い声から、ファルセットの高音、強烈なアタック。オリジナルを知らないので何とも言えないが。

後半の高橋さんは活き活きとしていた。彼女のキャラクターにぴったりの曲が二つ、「こうもり」と「マイ・フェア・レディ」、陽性で若々しい歌、テクニックもさることながら、勢いが必要な曲だ。

サッバティーニと高橋薫子、歌へのアプローチが対照的な組み合わせで、面白い。それを感じたのはアンコールで。

高橋さんが歌った「浜辺の歌」、すーっと伸びやかな声が美しく響く。日本語の歌なので、ディクションに難があるはずもない。ところが、今年の正月に聴いたマグダレナ・コジェナーの歌が頭の中に蘇って、ちょっとしたショックを受けました。歌曲を歌うことと、オペラを歌うことは、違うんだと。
 コジェナーは日本語が出来るはずもないし、楽譜を見ながら歌っていたから馴染んだ曲でもないはず。でも、あのとき、私はずっと感動した。

サッバティーニが歌ったナポレターナ、最後の一曲、アリーナでやるイベントで見かけるような羽目を外したところは皆無。声を張るところは十二分にやるのだが、ベーシックな部分でコントロールが効いている。だから下品になることはない。

後にファンとのディナー(30名限定でコンサート込みで18000円は安い)が控えているのでアンコールはほどほどだったが、最後はスタンディング・オベーションに応えて、「マタ、ライネン、アイマショウ」ということは、また大阪に来てくれるのかな。

直前の公演開催決定で、チケットが売れるのか心配したが、800人の会場、7~8割方は埋まっていた。シカゴ交響楽団に日本シリーズ最終戦という逆風の中、相当枚数が招待券として配られたようだ。音大ルートなどで捌かれた気配で、学生とおぼしき人が多数だった。フライングの拍手もブラーヴォも一切なかったし、プログラムが進むに連れて客席もヒートアップした。産経新聞社、モーストリークラシックの主催、チケットの配り方にも見識が窺える。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system