「椿姫」@グランキューブ大阪 ~ 10年は、ひと昔
2004/2/15

友だちから聞くまで、この公演のことは全然知らなかった。格安料金で一般販売もしていたようだが、トヨタコミユニティコンサートという名前を冠しているので、トヨタ販売店経由の招待客が大半なのだろう。それに、いざとなれば、巨大な大阪国際会議場だって一杯にできる動員力を持った企業だ。

インヴァ・ムーラを聴いて以来、誰を聴いても色あせてしまう「椿姫」は正直なところ気が進まなかったのだが、1000円という料金、それに、ムーラ体験までは、最も印象に残るヴィオレッタだった塩田美奈子という名前を見て、チケットを求めた。

彼女のヴィオレッタを観たのは1993年3月19日、新宿文化センターでのこと。この2年前にジルダでの初々しく美しい舞台姿が印象にあった。あれはデビュー間もない頃だったのか。それからもう10年あまり、塩田さんのキャリアはオペラ歌手の枠を超えて広がっているようだが、その是非については…

少なくとも、この役で聴いて10年前を凌ぐ歓びを感じることが出来なかった私。もちろん、舞台姿は相変わらずチャーミングで、役柄との違和感が全くない。歌自体も破綻はなく美声は変わらない。
 もともと大きな声の人ではないにしても、いま、若さが持つ声の威力が失われつつあるのを感じる。第1幕幕切れの大アリア、スケール感に乏しい優等生的な歌に留まっていたと思う。声の強弱の「弱」の部分の腰が弱くなった。かすかに、支えの足りなさを感じる。オペラのメインストリームでの修練が足りないという見方もあるかも知れないが、それは彼女自身が選んだ道なので、傍がとやかく言うことでもないだろう。私は少し残念だが…

今日の予想外の収穫はアルフレードを歌った吉田浩之さん、最初に聴いたころはごく普通のテノール、高音にやや難もあったし、印象に乏しかったのだが、聴くたびに良くなっている。軽めのリリコだと思っていたが、なかなかどうして、スピントかがった表現にも踏み込んでくる。

第1幕から第2幕第1場までは、持ち味の伸びやかな声で好調を窺わせたし、第2幕第2場以降はかなりドラマティックな表現に、しかし、粗くならないところに彼の進化を感じる。これから期待できそう。

ジェルモンの折江忠道さんはベテランらしい堅実な歌だが、ヴィオレッタとの長大なデュエットでのくぐもった響き、言葉の不明瞭さは、極めて遺憾、これではドラマにならない。ここは全曲中の白眉なのに、残念なことだ。塩田さんと吉田さんのデュエットのほうが、ずっとドラマティックというのは、このオペラにしては珍しいこと。

このトヨタのメセナ活動は、アマチュアオーケストラを支援する催しとのこと。佐藤功太郎指揮の大阪市民管弦楽団はアマチュアだが、ゲスト・コンサートマスターとしてピットに入った岡田英治さんは、つい先日まで大阪フィルのコンサートマスターを務めていた人だ。ピットに何人入っていたのか確認していないが、第3幕の手紙のシーンのソロ、これを聴いたら、ヴァイオリンの半分ぐらいの音をこの人が出していたんじゃないかしら。

オーケストラ全体としては、リズム感に乏しいと感じる部分も散見されたが、アマチュアとしては充分な出来だろう。指揮者が舞台上のアンサンブルの聴かせどころでテンポを緩めすぎるのがちょっと気になったが。

14:00開演、場内の照明が落ちて、舞台下手から人が現れた。こういうのは、支配人が歌手のキャンセルや不調を伝えるのが常だが、出てきたのは三枝成彰氏。そして、そこから延々30分ものおしゃべり。「椿姫」というオペラの説明を、ヴィオレッタの職業を中心に、背景などを…
 その中で、ヴェルディが3人の女性、早世した前妻、後の妻、愛人と永遠の眠りについているというコメントがあり、その愛人は裏庭に葬られていると二度も言っていた。件の愛人がアイーダを創唱したテレーザ・シュトルツのことなら、彼女は音楽家憩いの家の"中に"葬られていると私は思っていたので、ちょっと目新しいこと(現地を見ていないので、氏の話の真偽のほどは何とも)。

オペラが初めてという聴衆が大半だと思われるので、解説自体は不適切ではないにしても、開演時間に座らせておいて前座30分というのはあんまりだ。これは、市内、中之島に立地しながら最寄り駅から徒歩15分はかかるという会場の足場の悪さを考慮したレイトカマーズ対策なのか。
 プログラムを見ると、音楽監督(?)となっていて、氏の新作「Jr.バタフライ」のチラシも渡されたので合点がいった。音楽監督として名前を借りた人にスポンサーは気を遣ったのかも知れないが、真に配慮すべきはオペラを観に来た人に対してであるのは言うまでもないだろう。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system