飯守泰次郎/関西フィル「魔弾の射手」 ~ 「絵本太功記」のはずが
2004/2/29

「あれっ、チケットはどこ?」
 そこから1時間、引出の中からゴミ箱の中まで、カミサンと家捜し。朝食のとき、「これが今日のチケットだからね」とテーブルに置いたはず…。それは、うちのご近所、生駒市の「はばたきホール」での文楽地方公演初日昼の部のチケット、1000円という格安料金で即日完売となったもの。出し物は「絵本太功記」の「夕顔棚の段」「尼ヶ崎の段」に「釣女」、車で5分の距離とは言え、開演時間が迫る。ううーっ。

遂にチケットは見つからず、朝投函した郵便物の封筒の中に入れてしまったのだろうというのが、いちおうの結論。いつものようにシステム手帳のフォルダーに入れたままにしておけば…
 それが14:00開演の公演、二人ともガックリで意気消沈。そんなときに思い出したのが、17:00開演のザ・シンフォニーホール、完売と聞いていたけど、とりあえず電話。立見1000円が販売されるらしい。そうと知ったら、まだまだ間に合う、スクランブル発進だあ。

「なんちゅう、切り替えの速いヤツ!」とのカミサンの呆れ声をあとに。でも、カミサンにはしっかり「ラストサムライ」の映画代を巻き上げられた。まあ、万単位のチケットでも、長男の大学受験票でもなく、よかった。

そんな顛末で、聴くことになった「魔弾の射手」、もともとチケットを買っていた。件の文楽と秤にかけて、たまにはカミサンと二人で近くの公演にと思ったのに、日頃の行いがよほど悪い。

オペラのチケット自体は、掲示板で処分できたのだが、これを買っていただいたのが、さる掲示板の有名人の方、会場でお目にかかるのはいずみホールの隣の席以来。あのときはお互いの素性も知らず。

正直に最初から最後まで立見で通したのは、NY時代以来のことか。あれはハヴァロッティがマンリーコを歌ったときではなかったかな(ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」)。
 あのころに比べると歳もとったし、疲れるかと思えば…。飯守泰次郎指揮の関西フィル、歌手たちの熱演で、立見ノープロブレム、弛緩するところはほとんどなし。立っていて眠れないのは当たり前だが、座っていても全く大丈夫な演奏だった。

出だし、やはり、おやおやというホルンの音で心配になったし、序曲の出来自体は、このコンビの期待水準からすると、ぴたっと決まらないところもあり、やや不満足。ところが、ドラマが進むに連れて、オーケストラはどんどん良くなる。音楽の凝縮度も否応なく高まって行く。ウェーバーの音楽って、こんなに分厚く、あるときには不気味でもあるのかと気づかせる演奏だ。これは飯守流の音楽の作り方かも知れない。

最近あまり関西の歌い手を聴いていないので、もっぱらの危惧はそちらにあったが、いやあ、これと言った穴がない。期待水準を上回るもの。三幕立ち続けて、がっかりするような歌だとダメージが大きすぎるもの。1階席後方中央ブロックで仁王立ちする私の姿が舞台から見えたかな。

マックス竹田昌弘、アガーテ岡坊久美子という組合せは、2000年10月の尼崎、「パルジファル」のコンビ、このときも飯守さんの指揮、と言っても私が観た日は別のキャストだから、この二人を聴いたことがあるかどうか思い出せない。

竹田さんはいいテノールだと聞いていたので期待していた。力強い美声だ。役に負けないところがいい。声を張る部分が安心して聴ける。惜しむらくは、それ以外のところ、普通のpやmfで流すようなところを、本当に流してしまっている感じが第1幕ではあった。目立つところでなく、そういうところで、声の歌の美感を維持し続けるのが名歌手だ。でも、第2幕以降は気にならなくなる。それだけヒートアップしてきたということだろう。

岡坊さん、昨年のこれまた尼崎での「ばらの騎士」の評判が良かったようだが、私が聴いたのはこれも別の日。でも、確かに元帥夫人を歌ったらはまり役だろうなと思わせる舞台だ。関西の歌手の中ではもうベテランだし、歌の成熟を感じさせる。安定感があり、崩れもない。第2幕のアリア「そっと静かに」の前半はテンポを緩め過ぎではないかと思ったが、破綻もなくクリア、後半との対比も見事だ。終結部分のパンチ力はもっとほしいが、それは高望みか。

カスパールの萩原寛明さん、敵役ですがあくどい歌い口にはならず、節度を保った歌いぶりで、好感が持てる。
 エンヒェンの福永修子さんは、舞台映えのする人だ。かなり声が硬質で、低いところは意外にドスが効いている。この人は本当はコロラトゥーラではなく、リリコではないかしら。

合唱は、関西二期会合唱団、大阪第一合唱団、大阪アカデミー合唱団、OSAKA MEN'S CHORUSとたくさんの名前が載っていた。これが、力任せではなく、なかなか見事なアンサンブルを聴かせる。よく練習を積んだようだ。特に前半の幕での出来には驚く。

演出ではなく、構成、鈴木敬介、このホールにしては舞台に近い公演だったように思う。歌唱は原語、台詞は日本語での演奏会形式と称していたが、舞台前面のオーケストラ部分は照明を落として、後ろの一段高くした舞台にスポットが当たる。歌手は衣装・演技付き、大道具がないだけ。オペラハウスのピットと客席を隔てる壁を取り払ったような感じで、露出しているだけに飯守さんとオーケストラの姿は常に視野に入る。この配置はなかなか効果的だ。オーケストラはもちろん、雛壇の歌手が2階席のコーラスが、飯守さんを中心に音楽づくりをしていく様がはっきりと見える。

コーラスもワルツの場面ではリズムに合わせて動き、狼谷の場面では楽譜を顔の前に掲げて手で支える。黒のコスチュームで黒い表紙の楽譜、白い手だけが不気味に動いて蝙蝠の群れのよう。面白い効果だ。

第1幕のはじめ、農民の踊りの場面で、ヴァイオリンの4プルト以降の奏者が突然立ち上がって奏でたのにはびっくり。ここでは別のメロディを弾いているから、舞台上に乗っていることを模したものかな。よく判らない。
 ナンバーを繋ぐ台詞の他にナレーションが入って、楽曲の解説も少し。あると思っていた字幕がなかったし、くどくもなかったし、ちょうどいいぐらいかな。

ドタバタの末に駆けつけたザ・シンフォニーホールだったが、これはちょっとした掘り出しもの、国内最高水準、3年前にチョン・ミュンフン/東京フィルでの演奏会形式の公演を聴いたけど、あれとは比較にならない充実度、特にドイツものオペラでは凝集度と感銘度は連動するということか。

なお、東京文化会館なら間違いなくS席の位置で立見1000円というのは、国際水準だ。しかも立っている方が頭の上を音が抜けて行かないので、逆にグッドだし。

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