新国立劇場「ルチア」ラ・ヴォーチェ公演 ~ 五十嵐シーズンの再来!?
2004/8/3

出張の帰路に立ち寄り、寝台列車で戻るというきつい日程となる。でも、せっかく上京したのだから見逃す手はない。

演出がどうの、装置がどうのなんて、今回は全く関心がなく、幕が開いてびっくり、これは2シーズン前の新国立劇場の舞台そのものではないか。道理でチケットの値段が新国立劇場の従来価格。
 新演出もいいけど、せっかく税金を投じて製作したプロダクションだし、有効活用は結構なこと。そっちにお金をかけるなら、まだまだ呼んでほしい歌手(有名・無名を問わず実力のある人)は多いのだ。

公演直前に指揮者と歌手が変わったのだが、それも関係なし。指揮者ダニエル・オーレンは私が買っている人ではないし、アリーザ役(ラウラ・ブリオリ→エレナ・ベルフィオーレ)は限りなくウェイトは低いし。主役三人が予定通り揃うなら、ノープロブレム。しかし、ビッグネーム三人と言っても、三者三様に不安視していた。

マリエッラ・デヴィーア、昨年の「イタリアのトルコ人」では、ダブルキャストの佐藤美枝子に私は軍配を上げた。それに、リサイタルで素晴らしい「ルチア」のアリアを聴いたのは10年以上も前だし…
 レナート・ブルゾン、歌のフォームは確乎たるものの、聴き苦しいヴィヴラートが耳につくことも増えてきたし、声の美感は昔日のものがないし…
 マルセロ・アルバレス、人気テノールとは言え、三年前の「トラヴィアータ」のときはグルベローヴァの印象しか残っていないし、その後の活躍は目覚ましいというほどでもないような…

そして、実際に聴いた後の印象は、予想どおりのところと、(いい方に)予想を裏切られたところとが。

ルチア狂乱の場、かなりゆったりとしたテンポで歌ったマリエッラ・デヴィーア、これは流石だ。このテンポでも長大なアリアが間延びすることがない。これまで何度も大舞台で演じてきた蓄積というのだろうか。全声域にわたって美声が紡ぎ出される訳ではないのに、第2幕あたりからは気にならなくなる。アリアだけでなく、レチタティーヴォも丁寧に歌う。まさにドラマを感じさせる歌だ。

第2幕のルチアとエンリーコの二重唱など、あまり聴きどころとは言えない部分のブルゾンとの掛け合いがいい。このあたりは、ブルゾンの真骨頂でもあると思うし、オッと思う相乗効果を感じた。

ブルゾンも好調。嫌なヴィヴラートもなく、第1幕のアンサンブル・フィナーレでの高音もきれいに出ている。何より、この人の特質である明快な台詞回しが健在。言葉の一つひとつに意味を込めた歌は、崩れないフォームと相俟って声の艶の衰えを充分にカヴァーしている。

さて、マルセロ・アルバレス、絶好調と言ってもいいだろう。ガンガン行くぞぉという感じ。カーテンコールでもやんやの喝采。幕切れのアリアでこれほど声の勢いを感じさせる歌を聴くのは久しぶりだ。
 でも、この人の限界も感じた舞台とも言える。これで充分満足すればいいし、その方が幸せだけど、決め所のアリアと何の変哲もないレチタティーヴォの落差を感じる。それと口跡の悪さ。他の二人がネイティヴという対比もあるのだろうが、母音中心のイタリア語だけに逆に子音が肝心、音の輪郭がぼやけた、もわっーとした感じがつきまとう。気にしなければそれで良し、気になったらちょっと具合が悪い。それを除けばメリハリがあり、ご立派と言うことだが、このままだとスーパースターには至らない。

カルロ・コロンバーラのライモンドがいい。この役は大事な役、わざわざ呼ぶだけのことはある。
 アルトゥーロの中鉢聡は、ある意味ではアルバレスと対照的、張り切りすぎの感じもあったが、彼に本当にパワーが備われば、アルバレスよりもずっと好ましいテノールになる。

「歌手もいろいろ」だ。「人生いろいろ」の方の姿は見かけなかったが、その前任の方はホワイエで見かけた。初日のせいか、著名人の姿や名うてのオペラゴーアーの姿も多く見られ、華やいだ雰囲気の初台だった。

ステファノ・ランザーニ指揮の東京フィルは、新国立劇場のピットでは毎度お馴染みのパターンです。このオーケストラは「バタフライ」でチョン・ミュンフンが聴かせたように、破綻寸前まで追い込まないと、血肉が踊る演奏は出来ないのでしょう。相変わらず気の抜けたフレーズを奏でる瞬間が随所にあるのは困りもの。ルーチンとしてこなす仕事が多すぎるなどの事情はあるのでしょうが、東京を離れて間隔を開けて聴くと、ピットでの仕事の進化はちっとも感じられません。

五十嵐監督当時のプロダクションの再演と言ってもいい公演だったが、現行レギュラーシーズンと併存する形で、こういう上演があるのは結構なこと。最近、見逃した二期会「ドン・ジョヴァンニ」や、東京室内歌劇場「インテルメッツォ」の評判を聞くにつけ、この世界の競争は間違いなく「是」だろう。

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