「第1十字軍のロンバルディア人」日本初演@びわ湖ホール
2004/10/16

今年も来た、秋のびわ湖ホール。もう恒例となってしまった"OPERA NEWS"の寄贈、1年分なので重いこと。
 快晴だ。幕間に一階ロビーから湖岸に出ると、とても気持ちがいい。比良山系もきれいに見渡せる。

7年目になるヴェルディの初演シリーズ、今年は「第1十字軍のロンバルディア人」、来年は「スティッフェーリオ」だそうだ。その後も「レニャーノの戦い」「海賊」の構想があるようだ。となると、改作は別にすれば国内未上演は「アルツィーラ」だけになる。死ぬまでに全作品の舞台を観ることができるかな。

「ロンバルディ」、4幕11場、場面転換が多い。主要な出来事は舞台以外のところで起きていることが多く、舞台上では入れ替わり立ち替わり心情を吐露するというパターン。登場人物も多く、その関係も複雑で、判りにくいことこの上ない。ドラマはアクションの中にはなく、歌に内在させないといけないのだから、これは歌手にとって至難の技だ。単にテクニック的に難しいというだけでなく、台本もオーケストラも助けてはくれない。

領主の息子アルヴィーノ:松浦健
 アルヴィーノの妻ヴィクリンダ:横山恵子
 アルヴィーノの弟パガーノ:福島明也
 アルヴィーノの娘ジゼルダ:浜田理恵
 パガーノの従者ピッロ:小鉄和広
 アンティオキアの王アッチャーノ:久保田真澄
 アンティオキアの王子オロンテ:市原多朗
 アッチャーノの妻ソフィア:森山京子

上記の主要登場人物8人のうち、前半5人が十字軍サイド、残り3人が異教徒サイドということになる。しかし、ソフィアとオロンテは改宗するし、オロンテとジゼルダは信教を超えた恋仲、アルヴィーノとパガーノはヴィクリンダを巡って兄弟骨肉の争いということになるのだから、もう何が何だかわからない。

これに匹敵する人間関係の複雑さと多次元のテーマの錯綜ということなら「ドン・カルロス」がすぐに思い浮かぶが、ヴェルディの技量がピークに達した最高傑作と第四作を比較するのは酷というもの。
 「ロンバルディ」はプロットのことなど気にせずに、どれだけそれぞれの歌でドラマを表現できているか、歌の完成度はどうなのかという観点で聴くのがよいのかな。

私が一番評価するのは浜田さん、第2幕のロンドフィナーレのカバレッタには新鮮な驚きを感じた。「えっ、ここまで歌えるんだ!この人」というところ。カヴァティーナは声は出ているものの単調な印象が拭えなかったが、カバレッタで爆発。強靱でいて軽やかさを必要とするこの時代のヴェルディのヒロインの歌になっていた。いやあ、これにはまいった。昨年、エレーナ(「シチリアの晩鐘」)を歌った横山さんを脇に回すだけのことはある。もっとも、浜田さんはびわ湖のエリザベッタだし、ジョヴァンナ・ダルコでもあったのだから、不思議でも何ともないけど。

浜田さん、このアリア以降はフルスロットルという感じ。第1幕の「祈りの歌」でも平板さを感じたのに、第2幕フィナーレを境に後半は様相が一変、スタミナを温存した訳ではないと思いますが、何だか今シーズンのイチローのよう。

第1幕はアンサンブルには見るべきものがあったとは言え、やや低調でしたが、第2幕になってようやく登場するプリモ・ウォーモ市原さん、有名な「私の喜びを…」では、まさにヴェルディの節回し。やはり、ものが違うという感じだ。このアリアの後や終幕に天国から登場するシーンでは、ちょっと傷があったが、それをあまり感じさせず処理してしまうのも経験の賜だろう。
 この人と浜田さん、森山さんとのデュエットでは、相手にもインスパイアを与えて、1+1以上のものになるのがわかる。

出番としては市原さん以上だし、狂言回し役のようなところもある第2テノールの松浦さん、不思議な声だ。声に力があるような、ないような。一見して「トゥーランドット」の皇帝役を歌うような声かと思うと、コンチェルタートの中でも埋没しない芯もある。音色に魅力があるとは言い難いが、何だか気になる声というところ。

困ったのは男性低音の二人。第1幕第1場のパガーノのアリア、カヴァティーナを聴く限り、「今日は大丈夫かも」と思った福島さんだったが、幕が進むに連れて、いつものムラが顕著になってくる。力めば力むほど、ヴェルディの歌の美感が損なわれ、始末におえなくなる。ヴェリズモオペラを歌うようにヴェルディを歌うという根本的な誤りを犯しているのではないかしら。
 小鉄さんも、その相似形。第1幕フィナーレや、第2幕第2場など、この二人が絡むところは負の相乗効果さえ感じた。

初演からは161年も経っているが、これが日本初演だからか、舞台は奇を衒うことはなく、悪く言えば平凡だ。人の動きも紋切型。前述のように舞台で大きなドラマが動くわけではなく、オラトリオみたいなものだから仕方ないか。なお、いつもながら、スティーヴ・アルメリーギ担当する衣装は美しく、見ていて楽しめる。

このオペラの影の主役とも言えるコーラス、びわ湖ホール声楽アンサンブルと東京オペラシンガーズによるもの。有名ナンバーも多いこともあってか、例年よりよく仕上がっていたと思う。

オーケストラは若杉弘指揮の京都市交響楽団、舞台上が具合の悪いときでもコンスタントに丁寧にヴェルディの音を出してくれていた。年一作品のプロジェクトだから準備も万全なのだろう。新国立劇場のピットで聴かれる東京フィルのルーチン仕事とは大きな違いだ。

総じて言えば、一昨年の「エルナーニ」、昨年の「シチリアの晩鐘」で停滞を感じたびわ湖ホールプロデュースオペラのシリーズ、今回でかなり盛り返したと言えるかな。

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