大植英次/大阪フィルの「四季」・ベートーヴェン第4 ~ さしずめ凱旋公演
2005/3/27

公演のチラシ

18日にシンフォニーホールでマーラーの第6交響曲を聴いてから1週間あまり。その間、東京・つくば・岐阜での4公演。大植監督就任以来、大阪を離れることがなかったコンビが初めて東上、各地では好評だったようで、その余韻も冷めやらぬまま、いずみホールでの特別演奏会となる。

土曜日の岐阜は今日と同じプログラムによる昼夜2公演(昼は公開リハーサル)だから、メンバーも疲れることだろう。開演30分前にOBPでチェロの首席とすれ違ったので、「あれっ、楽屋入りがこんなに遅いのか」と思ったら、彼は前半は休み。「四季」は10-8-6-4-2の編成だった(左サイドは死角なのでヴァイオリンの人数は推測)。

有名曲でも実演で聴いたことのない曲は多く、これなどその最右翼だ。「春」から「夏」にかけて、ウトウトとしてしまい、楽章間のポーズに自分の寝息にハッと気がついて冷や汗。
 そこからの演奏、つまり「夏」の第3楽章に、この「四季」のピークを持ってきたのではないかしら。緩急の変化、強弱の変化、まさに目の覚めるような楽章だった。

まだ20代半ば、若きコンサートマスター長原幸太(客演)のソロはアグレッシブです。第1プルトに座っているときも、大きな動きでオーケストラを引っ張っていく感じがありるが、ソロヴァイオリンでも同様。そして、この人は渋面など見せず、いつも楽しそうに弾いているのがいい。音はかなり骨太、しっかりした響きだ。特にアンコールのバッハ無伴奏などで如実。ストラディヴァリ系ではなく、グァルネリ系。彼は何を使っているのか知りませんが…。

この「四季」、相当にダイナミックな演奏で、好みが分かれるかも知れない。華麗で颯爽としたものだ。長原幸太と大植英次、相性はよさそうだ。

大植さん、チェンバロを弾きながら、どうやって指揮するんだろうと思ったが、まあ、手が塞がっているいるときは、頭から突っ込むというのには呆れる。かと思えば、鍵盤の中に頭を埋めたピアニシモ。あれあれ。

何度も聴いて(見て)いるので、大植流のボディアクション、私は気にならなくなっているが、初めて見た人は幻惑されることだろう。これが鳴っている(鳴らそうとする)音楽と遊離してしまうと、ただのマンガだけど、そうじゃないので、聴いていて面白い。

東京の公演の感想にもあった、指揮者への反応の速さは、ほんの旬日で一層顕著になっているように思う。それを感じたのはベートーヴェン。ほとんど、自由自在のコントロール。緩急・強弱、それも無段階のスムースさが伴っている。インテンシィブな楽旅、その効果もあると思います。

喜悦に満ちた第4交響曲、屈託のない、凱旋公演に相応しい演奏です。もっと陰影が欲しいという声も聞こえてきそうだがですが、それは10年後でもいいと私は思う。オーケストラの機能美がまずあっての話だから。

4月の定期演奏会ではベートーヴェンの第7交響曲が採り上げられる。今日の第4交響曲の出来からすると、大いに期待できそう。休日のせいか、800人のいずみホールは満席、東京で見かける顔も客席にあった。

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