フェニーチェ歌劇場来日公演「真珠採り」 ~ がんばれ、中島クン!
2005/5/8

日ごろ勝手なことばかりしている罪ほろぼし、母の日のプレゼント、"真珠のネックレス"ならぬ"真珠採りチケット"。

完売と聞いていたが、昨日チケットオフィスで購入している人もいたので、多少の戻りがあったのだろう。私は前日の「アッティラ」開演前、エントランス付近で、行けなくなった方からS席を格安(時価)にて購入。かくしてカミサンは1階、私は4階、いつもの天井桟敷。
 やはり、1階と天井桟敷では眺めも違うようで、舞台の奥には金色のピラミッドがあったそうな。そんなもの4階からじゃ全然見えん。

ピエル・ルイージ・ピッツィの演出はいつものようにシンプルな装置、衣装の色彩がほんとにいい。舞台前面に奥行き5mほどの逆アーチ状の床、主役が演じ歌うのはその上、背後にはピラミッド状の黒い階段、群衆はそこで動く。あっさりしたものだが、センスは悪くない。第2幕で変な形の仏像が出てくる以外は、南アジアという雰囲気はない。

何と言っても、注目は、国内オペラ本格デビューとなる中島康晴の歌だ。4年前の藤原歌劇団公演の「マクベス」でマグダフを歌ったのを聴いたが、出番の多い役ではないしアリアを一曲歌うのと大差ない。素質に見るべきものはあっても、まだまだ未完成、評価は保留というところだった。実演で聴いたのはそれっきり。その後、"Primo"というリサイタルのライブCDを聴いたが、その場で聴いておればともかく、何度も再現可能なCDに固定されてしまうと、力みかえった歌の美感の乏しさを感じざるを得なかった。確かに、声の輝かしさはあったが。

ところが、今日の「真珠採り」では、その声の輝かしさが影を潜めている。力みかえったところはなくなったが、同時に声の輝かしさを失ったのでは如何ともしがたい。一時的な不調だろうと思いたいもの。登場したときの歌は、この人、季節はずれの比叡おろしに風邪でもひいたのかと思ったほど。

ひさびさのオペラ鑑賞となるカミサン、「来日公演だから、中島クンって、特別参加なんでしょ」と。いやいや、そうじゃない、このテアトロ・フェニーチェで既に歌っているし、あのスカラ座で何度も歌っているんだとか説明しようにも、自分の言葉に全く説得力が伴わないだろうと自覚、言葉を呑み込んでしまった。そんな出来だった。

凱旋公演というほどの大層なものではないし、例えばコンクールに優勝したからスターの仲間入りなんて思うほど無知ではないが、このオペラの世界で、ましてやテノールで、彼は世界の檜舞台の可能性があるというだけで、心躍るものがあるわけだ。
 それが、カミサンに反論できないという無念さ。すれっからしではなく、たまにオペラに行く人、そういう人にとっては"This performance"しかない。「中島クン、どうってことないわ。何で彼が歌うの?」で終わってしまった。

今回の公演の意味を思うと、緊張していたこともあると思う。しかし、贔屓目に見ても、主役3人のなかでかなり見劣りしたことが否めない。こんな声だったかなと、4年前の記憶を呼び起こそうとしても、はっきりしない。ときに美しい高音が聞こえることもあったが、中音域の声の密度の低さ、風邪かと思うほどのかすれたような響き、ほんとにこれが彼の地で認められた中島康晴なんだろうか。

第1幕でのナディール(中島康晴)とズルガ(ルカ・グラッシ)の二重唱、第3幕でのナディールとレイラ(アニーク・マッシス)の二重唱、いずれも相手役が素晴らしかったこともあるが、中島クンの存在感のなさに暗然たる思いだった。
 不思議なことに、第1幕のロマンス「耳に残る君の歌声」が終わったあとは、かなり持ち直した感があったが、もうその時では遅すぎる。この役の聴かせどころはほとんど第1幕だから。

今日の公演、彼にとっても、日本のオペラファンにとっても特別な意味があり、その緊張感が悪い方に作用したということかしら。
 彼の声、今日に限ったことかも知れないが、きりっと締まったところがない。どこかで空気が抜けたような響きになってしまっている。第1幕のバリトンとのデュエットなんて、テノールのシャープでクリアな音がないと魅力が半減どころか…
 私が唯一舞台に接したときのナディールがジュゼッペ・サッバッティーニだったので、それと比較してしまうのは酷かも知れないが、そんなことを言っていては、檜舞台は遠い。

中島クンにがっかりで終わってしまいそうな公演を救ってくれたのは、レイラ役アニーク・マッシス。素晴らしかった。
 この人、このびわ湖ホールで2年前の「タンクレーディ」でダニエラ・バルチェッローナと共演していた人だ。そのときは、ちっとも良くなかった。「この至難の役柄を歌うのにいっぱいいっぱい、余裕が感じられない。第2幕のレチタティーヴォでは早く飛び出してしまうトチリもあった(このあと、プロンプターの声が急に大きくなった)」というのが、そのときの私のコメント。

ところが、今日は全く違う。2年前もびわ湖ホールで不調だったのが、東京では尻上がりの絶好調ということもあったらしいから、オペラは水もの。彼女もそのときのことを意識していて、今日は気合いが入っていたのかな。いやあ、こんなにいいソプラノだったか、それにレイラという役はこんなにいい役柄なのか!
 今日も1小節早く飛び出したんじゃないかと思う箇所があったが、この人の癖なのかな。私の聴き間違いかも知れない。フランス語を解する訳じゃないので。
 このマッシスのこともあるから、中島クン、東京であと二回の公演がある。がんばってほしいと思う。

指揮のギヨーム・トゥルニエールはサウスポー、左手に棒を持つ指揮者を見たのは初めてだ。かなりゆったりしたテンポで進めていくが、昨日のセカセカした指揮者よりもずっと好ましい。きちんとオーケストラの弱音が出せる人だった。

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