「カルメル会修道女の対話」@ いずみホール ~ 日本語で歌うということ
2005/5/14

今年の正月、尼崎でプーランクの二本立て(「モンテカルロの女」・「ティレージアスの乳房」)を観た。もうそのときには、春にまたプーランク作品の上演があることを知っていたが、チケットを買わないままにズルズルと今日まで。何しろ前の週末、大津での大散財なので、手許不如意ということ。
 カミサンが子連れで実家の様子見に出かけるらしく、私は昼からちょっと会社に寄って資料整理とか何とか、それはさっさと片付けて隣のホールへ。

集客力がありそうに思えない演目だから、ふらっと行けばチケットはあるだろうと、そのとおりなのだが、予想外(失礼)の大入り。あれれ。このホールでは珍しく、東京から来た評論家氏の顔も見える。

"釜洞祐子プロデュース"と謳っているということは、彼女がこの公演の座長ということだろう。ご贔屓の歌手だし、彼女が歌うなら、演目はともかく出かけてもいいかと思っていたが、日本語上演ということで、 ちょっと逡巡したのも事実だ。
 ドイツ語でもイタリア語でも釜洞さんの言葉は明晰なので、 これも原語のフランス語で上演してほしいという気もするが、なかなかそれは難しいのでだろう。私自身、フランス語は解さないが、日本語の韻律がもとの音楽と合わない居心地の悪さが気にならなくなるまで、ひと幕ぐらいかかってしまう。

これはフランス語に限ったことではないが、歌うための訳詞を全曲にわたって付けるなんて、よほどの大天才でないと不可能ではないかといつも思う。両方の言語に深く通じ、しかも詩才がある人なんて…

ご丁寧に、今日の上演は字幕付きだった。歌われている言葉の意味を知ってもらった上で、音楽を聴いてほしいという製作側の意図かと思うが、私が驚いたのは、この字幕を必要とした歌い手は、たった一人だけ。出演者のほとんどの言葉が聞き取れる日本語上演というのも珍しいものだ。座長のポリシーが浸透した成果なのか、もともとそういう人選をしたのか。

 ブランシュ:釜洞祐子(ソプラノ)
  ド・ラ・フォルス侯爵:花月真(バス)
  騎士:松本薫平(テノール)
  ド・クロワッシー夫人・院長:児玉祐子(メゾ・ソプラノ)
  リドワーヌ夫人・新院長:橋爪万理子(メゾ・ソプラノ)
  マリー上級修道女・院長代理:尾崎比佐子(ソプラノ)
  コンスタンス修道女:石橋栄実(ソプラノ)
  指導司祭:田中勉(バリトン)
  山下一史(指揮)
  ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
  ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団
  演出:岩田達宗  訳詞:宮本益光

大阪の人間は"辛気(しんき)くさい"という言い方をよくするが、物語の幕開きはそんな感じ。言葉の違和感もあるし、ドラマがなかなか動き出さないもどかしさ。カルメル会どころか、自身がキリスト教とは疎遠だし、歴史的背景なども通り一遍の理解しかない訳だから。

やや眠気を催したかけたころにハッとしたのは、コンスタンス修道女を歌う石橋栄実さんが登場したとき。釜洞祐子さんは、技術的にも完成された丁寧な歌でいつものように安定感があるが、石橋栄実さんには若さの 勢いを感じる。これからさらにテクニックを磨けば、とても期待できる人だと思う。

若い陽気な修道女という役柄で、声も姿もそれにぴったりだし、舞台映えする人だ。大阪音楽大学卒業・大阪府立夕陽丘(ゆうひがおか)高校音楽科非常勤講師とプログラムにあった。私の出身高校のご近所ではないか。こんな先生だったら、授業をサボってパチンコに行ったりはしなかっただろうなあ。いまどきの高校生はもっと真面目かな。

現金なもので、石橋さん登場以降は眠気もどこへやら、カタストロフィーに向けてドラマが動いていくし、プーランクの音楽もなかなか雄弁で凝縮の度合いも高まっていく。けっこう面白いではないかと、最後まで。

ヒロインのブランシュはどうも捉えどころのないキャラクターに感じる。自分自身が宗教と縁遠いこともあるせいか、なかなか理解しにくい心理や行動だ。音楽や歌がそれを補って説得力を持つかと言うと、それもちょっとあやしい気がする。主役ではあるにしても、狂言回しのようなところもあって、「ドン・カルロ」の題名役みたいだ。もっと座長が前面に出る作品 を採り上げても良いはずなのに、珍しい作品を紹介することを優先したのか。

後半に登場するリドワーヌ夫人(新院長)の歌だけ、スタイル が異質なものを感じたが、その他の人のアンサンブルはよく練れたものだったし、第1幕だけのド・クロワッシー夫人を演じた児玉祐子さんは大迫力の演技と歌だった。それと、久しぶりに聴く田中勉さんの健在ぶりが嬉しかった。

そんなに広くないいずみホールの舞台奥にミニ舞台が設けられ、演奏会形式ではなくほとんど舞台上演と言える公演だった。背面のパイプオルガンが祭壇に見立てられたような感じで、舞台裏の座席スペースや側面バルコニーも上手く使った演出と言える。

それから、山下一史指揮のザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団が、予想以上の出来。このオーケストラは手抜きしないので私は昔から好感を持っているが、今日は舞台上での演奏だけに一層気力充実、非常灯も消した暗めのホールで、800人の観客の視線が舞台に集まると自ずとがんばってしまうのか。大きめの編成なので臨時メンバーも入っているとは思うが、きっと本拠地(豊中のザ・カレッジ・オペラハウス)で練習を重ねてきたに違いない。

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