「アンドロメダ・リベラータ」 ~ バロックオペラ週間、そして神戸へ
2005/9/14

いったいどれだけ会場が埋まるんだろうと気がかりだったが、蓋を開けてみれば500人近くの入り。神戸ハーバーランドにある神戸新聞松方ホールは約700名のキャパ、1階が579名、2階が100名強ですから、ほぼ1階は埋まったという勘定だ。実際、2階には勝手に席を移動したとおぼしき人しかいなかった。これも、公演近くになってからの動員大作戦(後述)の賜物か。その功罪は別として…

ここのホールは、東京でイメージの近いホールを探すと、大きさやロケーションから第一生命ホールあたりだろうか。前日は東京オペラシティのコンサートホールでの公演だったので、この作品にとっては遙かに適切な会場ではないかと思う。それはありがたいにしても、阪神間に住んでいるならいざ知らず、奈良までは帰りが遠い。

それにしても、3日前に伊丹で「アルチーナ」、そして「アンドロメダ・リベラータ」と、本邦初演のバロックオペラが踵を接して関西で上演されるなんて、前代未聞のことだろう。そして、それぞれがとても充実していたのだから。

ヘンな例えだが、阪神・中日戦のあとにヤンキース・レッドソックス戦を観るような感じだ。国内プロ野球とメジャーリーグ、彼我の差は著しいという捉え方もできるだろううし、どっちを観ても興奮するし、イチローや松井なら充分通用するという見方も可能だろう。

大きな差がどこにあるかとなると、私はオーケストラがどれだけ歌を知っているかだと思う。ヴェニス・バロック・オーケストラのリュートのおじさんなんて、ニコニコと弾きながらほんとに小声で歌っているんだから…

そういう表面的なことでなく、プレイヤーたちが、ときに歌に寄り添い、ときに競い、歌を仲立ちに音楽のキャッチボールをする。奏者の一人ひとりが、たんに目の前のパート譜を音にするだけでなく、歌と自分の距離・関係を熟知して演奏しているのが根本的な違いかなと思う。もちろん、主宰のアンドレーア・マルコンの力量もあるだろうけど。

歌手は粒ぞろい。なんて言い方は失礼か。ペルセウス役のマックス・エマニュエル・ツェンチッチのみが暗譜で、あとの4人は譜面を持ちながらの歌唱だが、全員が充分にこなれています。声のコンディション、テクニックの切れ味、文句なし。

カウンターテナーの歌を生で聴くことは滅多にないが、へえーっ、こんな感じなんだ。カストラートであればもっと力強い響きなんだろうが、それは現代ではもはや判らないことだし…。この人、表現が繊細だ。第2幕のソロヴァイオリンを伴うアリアなんて、高音はファルセットのようでいて、主音域とのギャップがないのが驚き。

題名役を歌ったシモーネ・ケルメス、第2幕冒頭のアリアではパワー全開。そこまでやるかという感じ。技巧に走ったという言い方も可能だろうが、まあ、この時代のオペラ、そんなものだろうなあ。それでやんややんや、悪いということでもないし。

カシオペイアのルース・ロジック、メリーゾのロミーナ・バッソ、ダリーゾのマーク・タッカー、脇役(?)3人は尻上がりの歌唱で、出番が来るたびにどんどん乗っていく様子が窺える。ロミーナ・バッソというメゾソプラノはけっこう凄みのある声が出る。バロック・オペラに留まらない芸域がありそう。ルース・ロジックのシャープな歌も私の好み、マーク・タッカーも見かけと違う若々しい立派な声だった。

ということで、結構ずくめなんだが、この作品はヴィヴァルディの新発見オペラというものの、耳から入る印象では、複数人の作品の寄せ集めだろう。そのあたりの探求は研究者にお任せするとして、一般人としては、とても楽しかったのでOKというところ。

さて、ちょっと、動員大作戦についても触れておきたい。入場料という下世話なことになるのだが…

このオペラ、前売りチケットの売れ行きはよろしくなかったようで、こういうときの通例で、公演近くになって新聞での招待券プレゼント。外れた人には優待券の案内というパターンだった。

東京の友人から、「S席半額優待(4000円)らしいですが、行く価値ありますかね?」との質問。
 「これは翌日に神戸公演があり、早々にチケットを購入しています。こちらでも、チケットがさっぱり売れないようで、同様のことをしています。これなら買わずに待っておればよかった」との私の返事。

大阪の悪友は、先に前売りが始まった東京公演の売れ具合をチェックし、神戸の招待券が出るのを待つという作戦に。案の定、さすが関西、東京の上を行く優待券が出た。半額優待に加え、さらにもう一人をご招待というのがそれ。つまり、全席均一8000円ですから、誘い合わせて2人で行けば、一人2000円ということ!

私は8000円のチケット、ともだち二人は2000円で鑑賞ということに。まあ、これは市場原理、情報感度、自己責任ということなので、とやかく文句を言う筋合いではない。

さすが、同じような人がたくさんいて、開演45分前に到着したら、2枚セットのチケットの束が50音順にいっぱい並んでいる。そして、ともだち二人が引き換えたチケットをみると、私よりもいい席ではないか。それは、ホールが持っているチケット、そうかあ、私がローソンで買ったのが失敗だったか。

チケット引き換えのお客が途切れたタイミングで、「すみません、このチケット、私、前売りで買ったんですけど、もし残っているなら、もうちょっとマシな席に交換していただけませんでしょうか」
 かくして23列7番から6列17番へ、17階級特進!関西ならではの阿吽の呼吸、ありがたいこと。

「ほんま、よかったねえ。こんな安うて、ええもん聴かしてもろて…」
 「2000円やったら、このCD買うて帰っても元値、損やないし…」
 終演後、そんなおばさまたちの会話が耳に。さすが、振り込め詐欺撃退率日本一の土地だけのことはある。と、私も人のことは言えんが。

ただ、真面目な話、こんな東京・神戸の状況に懲りて、今後マネジメントがこの種の公演に二の足を踏んでしまわないか気がかりだ。それが、稀少で貴重な公演の機会を奪うことになると残念だし…
 とは言え、マネジメントが売りたい値段でなく、お客が聴いてもいいかなと思う値段に、チケット代が収斂していくのがベストだと思っている。その伝で行くと、今回は極めて妥当な結果。こういう公演をどんどん成立させるスポンサーの太っ腹に期待したいものだ。

ジャンルのトップメニューに戻る
inserted by FC2 system