モネ劇場来日公演「ドン・ジョヴァンニ」 ~ 大野和士、ステップアップの秋
2005/10/8

第1幕と第2幕の印象が極端に違うドン・ジョヴァンニだった。後半から客席に皇后さまの姿があったからなのか、少なくとも舞台上の人たちの出来は格段に良くなった。全曲通してコンスタントに高いレヴェルを保っていたのは大野和士指揮のオーケストラ、これは嬉しいことだ。

大野和士さんのオペラは、ところも同じオーチャードホールでのシリーズ(東京フィルとのオペラコンチェルタンテ)で数多く聴いてきたが、今回のモネ劇場のオーケストラは随分と柔らかい音がする。古楽器を入れていることも一因かも知れない。

第1幕の歌で、ハッとしたのはドンナ・エルヴィーラ(マルティーナ・セラフィン)の登場のアリア「あのひどい人はどこに」だけ。ドン・ジョヴァンニ(サイモン・キーンリィサイド)のシャンパンの唄に至っては、オーケストラも乱れ、歌も全く合わずに空中分解さながら。

舞台上の動きとは裏腹に、歌は軒並み低調だった。細かくて動きの多い演出に振り回されるぐらいなら、きちんとしっかり歌ってくれたほうが、どれだけありがたいかと思うばかり。

幕開けのドンナ・アンナ(カルメラ・レミージョ)のレイプシーンなど、芝居じゃあるまいし、ここまで過激な動きをさせる必要などあるのかしら。当然、歌の犠牲が伴うのだから、なおさらの感がある。

全編通じて、デイヴィッド・マクヴィカー演出は人物を動かすことに執心している。ドン・ジョヴァンニの活力を強烈に視覚化するという意図があるのかも知れないが、騎士長の像の回りでのアクションなど、見ていてハラハラするような場面が続出する。それと、オペラ歌手には珍しく贅肉がついていないキーンリィサイドがそうしたがるのか、演出家の意向なのか、やたらに脱ぐのにも苦笑。

オペラは演出主導の時代になったと言われて久しいが、どんな演出であろうがベストパフォーマンスを実現できる歌い手の数は多くはない。演出で歌の不足を補うことなど決してできないし、逆効果を生じさせることも少なくない。第1幕は、そんなことを考えさせる舞台だった。

うって変わって第2幕は、オペラを観ている、聴いているという感じに。カルメラ・レミージョが歌うドンナ・アンナのアリア「私はあなたのもの」は、この日一番の出来ではなかったかな。
 この曲、こんなに遅いテンポで歌われるのを聴いたことがない。よくまあこのテンポで歌いきったものだしオーケストラも支えきったものだ。こういうところ、劇場叩き上げと言ってもいい大野さんの面目躍如。

したがって、歌よりも演技に目が行ってしまった嫌いがあったキーンリィサイドは全編を通じた活躍として、前半はマルティーナ・セラフィン、後半はカルメラ・レミージョが目立った歌手ということに。

もっとも、全体としてみたとき、アンサンブルのレヴェルは高いものがある。それは、逆に、スター不在ということでもあり、個々の歌手ではもう一枚上の人が歌ってほしいと思うところでもある。レポレッロのペトリ・リンドロース、マゼットのウーゴ・グアリアルド、ドン・オッターヴィオのイエルク・シュナイダー、ツェルリーナのソフィー・カルトホイザー、可もなく不可もなくで一括りにできそうな感じ。

来シーズン以降、メトロポリタンやスカラにデビューが予定されている大野さん、今回はモネ劇場との凱旋公演という触れ込みでしたが、実力からすればもうこの劇場じゃ役不足、ステップアップの秋(とき)は近づいている。

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