黄昏のバーバー ~ ウィーン・ザイフェルト弦楽四重奏団@サンシティ木津
2005/10/27

"サンシティ木津"というのは、京都府相楽郡木津町にある介護付き有料老人ホームだ。たまたま、仕事の関係でこの施設を見学することとなり、そこで催されるサロン・コンサートの日におじゃましたという次第。施設入居者とその家族、地元の社会福祉協議会関係者、病院関係者などが聴衆で、その数200人程度か。

そのプログラム、えっ、と思うような内容だ。最後の3曲はアンコールなので、それは別として、誰でも知っている曲だけを並べたものでもない。

モーツァルト:ディヴェルティメントヘ長調K138
 ハイドン:弦楽四重奏曲第38番変ホ長調より第2楽章
 バーバー:弦楽四重奏曲ロ短調より第2楽章
 クライスラー:プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ
 ヨゼフ・シュトラウス:「遠方から」(ポルカ・マズルカ)
 ヨハン・シュトラウス二世:「ウィーンのボンボン」(ワルツ)
 ザイフェルト:「甘いくちづけ」(ポルカ・シュネル)
 ドヴォルザーク:スラブ舞曲第1番
 フランソワ・シューベルト:「蜜蜂」
 ルドルフ・ジーツィンスキー:「ウィーン我が夢の街」
 滝廉太郎:「荒城の月」
 ウィーン・ザイフェルト弦楽四重奏団
   ギュンター・ザイフェルト(Vn)
   ミカエル・ストラッサー(Va)
   エックハルト・シュワルツ・シュルツ(Vc)
   ハラルド・クリュンベック(Vn)

要介護・要支援の人たち(およびその予備軍)のための施設なので、車椅子の老人がかなりの数にのぼる。当然、認知症の人も多く、演奏途中の奇声もある。1時間弱が限度ということで、その間にもトイレなどの出入りもある。重度の人には介護スタッフが横に付いてケアしている。

私は後ろのほうで聴いていたが、入居者の人たちはとても熱心に聴いていた。認知症の人にどんな風に聞こえているのか知る由もないが、舞台の上の四人も、こういう状況で演奏しているせいか、手抜きしている様子もない。

演奏の内容を言えば、リーダーのザイフェルト氏は大ベテランだけに、若手がちょっと遠慮気味なのか、第1ヴァイオリンばかりが目立つモーツァルトとハイドンだった。

ほどよいバランスになったのは3曲目に演奏されたバーバー、こんな曲をこういう場で採り上げるのは意外。このツアーのプログラムに入っている曲ということなんだろうが、人生の黄昏を迎えつつある人たちとともに聴く静謐な音楽は心に染みるものがある。ほんと、いい曲だなあ。1時間弱に刈り込んだこのプログラムのなかでのメインピースがこれだろう。

バーバーに真摯さのピークを置いて、あとはリラックスして楽しんでもらおうという構成か。クライスラーのアレグロ、ヴァイオリンがここぞとばかり名技をひけらかすところ、入居者のおばあさんが曲の途中だけど、周り構わずわぁーと拍手する。そう、竹本住大夫の泣きが入ったときに客席からわき上がる喝采と同じタイミングだ。この方、認知症なのかどうかは知らないが、年老いて童子の自然さに還っているのかも。

「お疲れのところ申し訳ありませんが、アンコールを一曲お願いいたします」と予定のプログラムが終了したとき、いきなり立ち上がり舞台に向かって大きな声を上げたのもこの人だった。なかなかのおばあちゃん。

サービスのつもりで最後に「荒城の月」を演奏したとき、前の方の席で、歌っている入居者がいたようだ。一緒に歌を歌うことが仕事の介護スタッフもいると聞いていたから、その成果なのかも知れない。

なんだか、とても異色、いつも行くコンサートとは全く違う雰囲気のなかで過ごした1時間だった。あのバーバーが耳から離れない。

        * * *

(全くの蛇足)

ザイフェルト弦楽四重奏団、この人たちが先のウィーンフィル日本公演に参加していたのかどうか、あちらには行ってもいないので知らないが、そうだとすると、まる1か月居残って、ジャパン・グランドツアーの様相だ。以下はネット上の情報から拾ったもので、他にも本日のような内輪のコンサートがあるかも知れない。ツアーの半分程度は学校や企業のスポンサー丸抱えのようだ。

10/26 なかのZERO大ホール
 10/27 サンシティ木津
 10/28 京都府中丹文化会館(綾部市)
 10/30 習志野文化ホール
 10/31 聖学院大学チャペル(埼玉県上尾市)
 11/3  大館市民文化会館
 11/6  神戸ファッション美術館
 11/7  電気文化会館 ザ・コンサートホール(名古屋市)
 11/9  アミューたちかわ大ホール
 11/10 大雪クリスタルホール(旭川市)
 11/13 武蔵野市民文化会館大ホール
 11/14 青梅市民会館
 11/17 横浜~鳥羽~ 11/19 横浜 クルーズ船「飛鳥」グランド・ホール
 11/19 「氷川丸」一等ダイニングサロン(横浜市)

東京から奈良・京都に、東京に戻って秋田へ、さらに兵庫、愛知と続き、また東京を経て北海道、東京に戻ったと思えば、今度は横浜から船に乗って…。日本の秋を満喫というところだが、長旅は疲れそう。面白いのは、何度も東京に戻っていながら、第一生命ホールとか紀尾井ホールなど、勝負どころの演奏会がないこと。ウィーンという名を冠するだけで集客できそうなところに限られていることだ。

リーダーのザイフェルト氏は、こういうツアーを過去にもしているようで、新しく加わった若手メンバーにしてみれば、大先輩が楽しい日本巡業の味を教えてくれるということだろうか。実入りも伴うわけだ。でも、9月から始まっている歌劇場のシーズンは長期欠場ということになる。もちろん、芸術家といえど糊口をしのぐ必要はあるわけだが。

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