ソフィア国立歌劇場「オテロ」 ~ これはお買い得
2005/11/23

阪急電車の西宮北口駅のそばに今秋オープンした兵庫県立芸術文化センターに行く。ここは再開発のようだが、前は何だったんだろう。阪急ブレーブスの本拠地の西宮球場(ここは西宮競輪のときのほうが集客力があったみたい)の跡地でもないようだ。球場は駅の南東側だったらしいし、するとここは?

ともかく新しいホールだ。びわ湖ホールの話より前から西宮にオペラハウスができるという噂はあったが、バブルがはじけて雲散霧消したかと思っていたら…。その後に地震もあり20年ほどの年月が経過した。そのホールでの最初に観るオペラ。

びわ湖ホールでの最初のオペラがフレーニの「フェドーラ」などのボローニャ歌劇場公演だったから、こちら兵庫県立芸術文化センターはちょっと格下の感はあるが、安いのがいい。これは東京にいたなら行くか行かないかボーダーの公演になるが、機会の少ない関西のこと、やはり行く。A15000・B12000・C8000・D5000・E3000というのは良心的な価格設定だ。"明治ブルガリアヨーグルトスペシャル"と銘打っているということは、スポンサーの大盤振舞かな。大関目前の琴欧州は不調だけど。

 オテロ:コスタディン・アンドレーエフ
  デズデモーナ:ラドスティーナ・ニコラエヴァ
  イアーゴ:アレクサンダル・クルネフ
  カッシオ:オルリン・ゴライノフ
  ロドヴィーゴ:ディミター・スタンチェフ
  指揮:ボリスラフ・イワノフ
  ソフィア国立歌劇場管弦楽団・合唱団

前に、このオペラハウス来日公演の「ジョコンダ」を聴いているので過剰な期待はなかった。開幕の嵐の音楽、頭上のスピーカーからのノイズ混じりの雷鳴効果音、それにかぶさるピットの貧弱な音に前途多難を思わせる出だし。コーラスもこれがあの名高いソフィアかと暗澹たるもの。ひとことで言えば"雑"、新国立劇場の東京フィルとコーラスの悪いときのほうがずっとマシかと思うレベルだ。きっと優秀なプレイヤーが"旧"西側に流失してしまったんだろう。

この調子で最後までだと耐えられないところでしたが、それが…
 ソリストたちが、思いの外、よかった。

オテロのアンドレーエフ、こんな調子で最後までもつのかと思ったけど、全四幕をトップギアで歌いきってしまうのだから、驚き。ロブストの声だ。ドミンゴで何度も聴いていると、その比較では陰影に乏しいということになるが、オテロはもともと嫉妬に歯止めがかからない人格だし知的であるはずがない。知的であるなら、あんな奸計に嵌められるはずがない。そんな性格と見るなら、アンドレーエフのオテロはこの役の一典型であることに間違いない。強靱な声で歌われるオテロのオペラとしての魅力を感じさせてくれるテノールだ。この先の首都圏での公演で出演予定はない。二番手、三番手の歌手だけに、全力投球でアッと言わせたいというところもあったのかも。まずはパワフルであることの貴重さ、そんな感じかな。全曲通してこれだけの声は、そうそう聴けない。もうけものだ。

イアーゴのクルネフは、歌が悪いということではないにしろ、どうも好みではない。言葉の不明瞭さがつきまとい、それが気になって楽しめないのが残念。声に明るさがないのがいまいち。こういう悪役だから、それでいいということではなく、明晰なディクションの下に悪魔的な性格を表現してほしい。

第2幕の最後、オテロとイアーゴの二重唱、おそろしく遅いテンポにびっくりした。それでもこの二人、フルパワーで歌いきってしまったので、なおびっくり。ここは加速して盛り上げて格好をつける演奏が多いだけに、これは新鮮な驚き。指揮者のイワノフ氏がかなりお歳で、テンポがずっとゆったり目というだけでもなさそう。

デズデモーナのニコラエヴァ、まだ若そうな感じだ。この役を歌えるソプラノは山ほどいるから、ごく普通の感じかと思ったが、第4幕前半の一人舞台は、その情感、歌の力、なかなかのものだ。首都圏の公演ではずっと名前の通った人がクレジットされているようだが、この人のほうが上かも知れない。兵庫公演では看板歌手が出ない反面、実はこちらが、という人が舞台に立ったのかも知れない。このあたりは、比較できないのが残念。

「オテロ」の主要人物は以上の3人、というのが通り相場だけど、今日の公演での注目は、カッシオのゴライノフとロドヴィーゴのディミター・スタンチェフ。
 カッシオは確かにドラマの狂言回しの役柄だが、これまで観た舞台で印象に残ったことはない。ところが、このゴライノフはいい。全体の中では低調だった第1幕でハッとしたのはこのカッシォ。この人だけがイタリアの声をしているのと、演技も自然で達者、この後の幕でも印象に残るカッシォだった。
 もう一人のスタンチェフはブルガリアの声。ボリス・クリストフ、ニコライ・ギャウロフ、ニコラ・ギュゼレフの系譜だ。立派な体躯から響く強くて深いバス。声それだけの力で目を釘付けにしてしまう。ほんのちょい役のヴェネツィア大使なのに、フィリッポ二世や宗教裁判長を思ってしまったほど。

オーケストラ、コーラスも幕を追うごとに普通になってきたので、まあいいかというところ。ソロの入りや終わりのもやもや感、フレーズの雑さなど、目くじら立てるときりがないが、舞台上の役付き歌手が頑張れば何とかなるのがオペラの基本だし。そういうことでは、3000円の出費でとってもお得な「オテロ」と言える。

兵庫県立芸術文化センター、西宮北口の駅からペデストリアンデッキで直結している。奈良在住の私には遠いが、阪神間に住む人ならアクセスはいい。一口に阪神間と言っても、阪神電車と阪急電車では沿線の雰囲気が全く違う。首都圏で言えば東急東横線と京浜急行線の感じに近い。これまでオペラ公演といえば尼崎のアルカイックホールだったが、これは阪神電車尼崎から徒歩10分。どうも、阪急西宮北口のほうがオペラの集客は見込めそうだ。本日の公演は完売、クリスマスの「ヘンゼルとグレーテル」も売れているもよう。ただ、ホール専属のオーケストラを設立した割には、今のところめぼしいオペラの企画がないのは寂しいところだ。

(余談)

このホールへの長いペデストリアンデッキ、足許は木材が使われていて。ホールの中もびっくりするほど木材が使われている。見た目にもシックで、音響的にもいいのかも知れない。3階のホワイエから外に出ると屋上庭園になっており、植栽はまだこれからのようだが、ここも足許には木材。眺めは、線路の向こう側の球場跡地、市街地の彼方に低い北摂の山が見える程度で、湖水越しに比良の山を望むびわ湖ホールには及ばない。その分、アクセスの良さと阪神間の有閑マダム(古い言葉だなあ)向きの企画(音楽監督人事もその傾向かも)で興行的にはそこそこ行けるのかも知れない。まあ、スタートしたばかりなので、評価はしばらく先に。

ハードだけじゃなくソフトが肝心なのは言わずもがな。つまらないことかも知れないが、外観や内装の立派さと裏腹に、あまり人が通らない1階広場の正面に設置されたポスター掲示ケース、ここのポスターの貼り方の雑なこと。まっすぐじゃないうえに四隅がめくれている。これは"日本人"の仕事じゃない。気をつけてみると、ホールの中のものにもその傾向が。これも広い意味でのソフト、これから良くなっていくことを期待しよう。

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