エウローパ・ガランテ「バヤゼット」 ~ Voci, voci!横浜極楽ツアー
2006/2/19
ひさびさに、「えらいもん、聴いてしもた」という感じ。こんなに安くていいの、いったい他のオペラの来日公演って何なんだ。週末にかけての東京・横浜遠征は大当り。
横浜には何度も行っているのに、神奈川県民ホール、みなとみらいホールぐらいしか足を運んでいない。今回はお上りさんを決め込んで、港の見える丘から山下公園、そこからシーバスでMM21まで安上がり横浜港海上観光、しばらく歩いて紅葉坂を上ったらそこが神奈川県立音楽堂、終演後は長らくの懸案だった中華街の某店でお腹いっぱいに。たまの贅沢、ごくらく、極楽。
でも、ほんとうの極楽は開館50周年という古びたホールで過ごした3時間半だった。
タメルラーノ(タタールの皇帝):ダニエラ・バルチェッローナ
バヤゼット(オスマントルコの皇帝):クリスチャン・セン
アステリア(バヤゼットの娘):マリーナ・デ・リソ
アンドローニコ(ギリシャの王子):マヌエラ・カスター
イレーネ(タルメラーノの婚約者):ヴィヴィカ・ジュノー
イダスペ(アンドローニコ、イレーネの友人):イム・スンハエ
音楽監督・指揮・ヴァイオリン:ファビオ・ビオンディ
アンサンブル:エウローパ・ガランテ
演出:伊藤隆浩
衣装スーパーバイザー:スティーブ・アルメリーギ
前にCDをお借りしていたのに、ほとんど聴かず。あらすじを読んでも登場人物の名前も覚えられないし、ややこしいお話だし。
まあ、それぞれの歌がどれだけのものかというだけ、ともかく行って聴けば、いいものはいい、ダメなものはダメなだけと、いつもの自然体。
そんなことで、第1幕、ヴィヴィカ・ジュノーのアリアに度肝を抜かれたのだが、あとから、あっ、そうか、あれがヴィヴィカ・ジュノーだったのかという体たらく。彼女をナマで聴くのは初めてなもので。
それこそ、歌い出したときは、なんか変な声の歌手だなあというぐらいだった。低いところの声は美声とは言い難いし、安定はしているけど、音色も上下でかなり違う。ところが、途中からどうでもよくなってしまった。何という技巧、人間業とは思えない。前から2列目、リュートのおじさんのすぐ後ろの席だったから、彼女の唇の信じられない動きがオペラグラスなしで、眼前に迫る。この人、骨格的にジョーン・サザランド、ジューン・アンダースンと同じタイプの顎をしている。あの顎に秘密があるのかなあ。
ダニエラ・バルチェッローナを聴くのは三度目になるので、ヴィヴィカ・ジュノーのような驚きはなかったし、期待値が高いもので、前半はもっと上があるはずという気持ちが残ったが、終幕の「恐ろしい裏切り者」というアリアではパワー全開。こういう役をやると何とも絵になる人だ。堂々たるタタール皇帝としての舞台姿と、カーテンコールに応えるときの女性らしさ、その落差が微笑ましい。新国立劇場の来シーズンのロジーナも観たくなる。
メゾソプラノばかりのオペラ、元来カストラートのために書かれたのだろうから仕方ないにしても、よくこれだけ多彩なメンバーを集めたものだ。マリーナ・デ・リソにしても、マヌエラ・カスターにしても、それぞれの役の個性を発揮、大変に聴き応えがあるので、長ったらしいと感じることは全くない。これだけ高いレベルで揃っていると、文句のつけようがない。歌手が非力だと、いくら演出でこね回したところで、バロックオペラは惨憺たるものになる。
唯一の男声、バヤゼット役のクリスチャン・センも見事な声でした。スタイル的にこういうバロックオペラに合うのかどうか、私はよく判らないが、彼の活躍で舞台が締まる。
急遽代役となった韓国人ソプラノのイム・スンハエ、この人が大変にいい。声量はさほどないし、演技もどうということはないが、今しか聴けない声があった。ゾクゾクするような高音域に駆け上がるときの声の張りと、クレッシェンドの美しさ。きっと、もっと上手くなるに違いないけど、この煌めくような声を聴ける時期はそんなに長くはないはず。もともとのイダスペ役の人はどんな人か知らないけど、この人は掘り出し物かな。
アンサンブルは少人数とはいえ、狭いピットで窮屈そう。前列は舞台の方を向いて、後列と向き合うという配置。私の目の前にはリュートのおじさんの頭。その配置のせいか、こんなに前でも音は大きくない。チェンバロの音も小さくて。こんなものなんだろうか。なので、慣れるまでは違和感を感じたが、歌が始まれば、ピットに気にとられている暇はない。
衣装スーパーバイザーとして名前の出ていたスティーブ・アルメリーギは、びわ湖ホールのプロデュースオペラ、ヴェルディの初演シリーズで素晴らしい衣装を創っている人だ。今回、舞台上演とはいいながら、装置も動きも最小限に切りつめたなかで、登場人物の衣装がひときわ生彩を放っていた。
土曜に東京、日曜は横浜、道楽三昧をしてしまったが、ずいぶん対照的な公演だった。方や、徹底的にやる演出と、方や余計なことは一切やらない演出。と言うよりも、声が、歌があれば、あと何が必要なの、とさえ極言できるような横浜の公演だった。
後援・協賛など夥しい数の団体名・企業名がプログラムに列挙されていたが、これだけのメンバーでただ一度の公演、スポンサーの貢献がはっきり判る。ありがたいことだ。いつも天井桟敷の私なのに、今回に限っては迷わずS席を購入したのだから。