大植英次/ハノーファー北ドイツ放送フィル ~ 「ただいま」「おかえり」
2006/6/4

なかなかの強行軍だ。2日広島、3日出雲、4日大阪、6日名古屋、7日新潟、8日・9日東京、10日津。9日間で8公演、一か所に腰を据えてじゃないだけに大変そう。働き盛りの指揮者、オーケストラメンバーも結構若いから何とかなるんだろう。出身地の広島からスタート、立派なホールがあるらしい山陰を回って地元大阪へという巡業スケジュール。名古屋では1週間のうちに同じ会場で、METの「ワルキューレ」との聴き比べができるということか。

ワーグナー:「リエンツィ」序曲
 ワーグナー:「ジークフリート牧歌」
 ワーグナー:「ワルキューレ」第1幕(演奏会形式)
   リオバ・ブラウン(ジークリンデ)
   ロバート・ディーン・スミス(ジークムント)
   クリストフ・シュテフィンガー(フンディング)

ザ・シンフォニーホールの指揮台にこの人が立ち、舞台の上には見慣れた顔ぶれじゃなくて、髪の色も目の色も違うオーケストラのメンバーが並んでいるのは、なんだか不思議な感覚だ。それだけ大植さんは大阪の顔になったということだろう。もっとも、付き合いから言えばハノーファーのほうが長いんだけど。

気心が知れたという感じがある。大阪フィルの演奏会で見るよりも、指揮台での動きが、ずっと抑制されている。「リエンツィ」の序曲では、ほとんど指揮棒を止めて、オーケストラの演奏を眺めている場面もしばしば。テンポの切り替わり、強弱のニュアンスを伝えるときだけキューを出すといった、まだ大阪フィルのときには見かけない姿が…

ただ、どうなんだろうか。大阪フィルとレベル的にはほぼ同等かなという印象を受けた。ここ一番のパワーとか、勝手知ったるワーグナーで、放っておいてもオーケストラがやるという自在さがある反面、アンサンブルの精度はご当地オーケストラのほうに分があるというところも。まあ、これは来日直後の時差ボケが抜けきらないタイミングでの演奏会だから、サントリーホールあたりで真価が判明するということかも。

いつものように安いチケットを買ったものだから、LLBブロック、舞台の真横。舞台奥に歌手が立ってくれたら問題なかったのだが、残念ながら指揮者の両脇という位置なので、背中で歌を聴くという状況に。

したがって、「ワルキューレ」の歌唱についてはコメントしづらいところがある。この位置では聞こえるにしても間接音が多くて、残響の多いホールとも相俟って、風呂場からの歌を聴く風情になってしまう。

昨年のバイロイトでの大植指揮のトリスタン役、ロバート・ディーン・スミスは思ったほどの声の輝かしさは私の席では感じられなかった。前方で聴いたら違ったも知れないけど。同じことはリオバ・ブラウンにも言えて、何とも論評しがたい。悪いことはないと思うんだけど。

当初発表のキャストから交代となったクリストフ・シュテフィンガーは指揮者の右側に立ったこともあり、双子のカップルよりも声が届きやすい位置だったせいか、三人の中では一番のインパクト。力強い立派な声。

休憩後の「ワルキューレ」のときには、大植さんの前には譜面台があった。最近は定期演奏会でも譜面台を置くことがあるが、あまりページを繰っているのを見ない。ところが、今日は逐一めくっていたから、バイロイトの前後で変わった。全部覚えているに越したことはないけど、何も無理をしなくてもいいのだ。

この第一幕は登場人物も三人のみ、叙情的な音楽だから、大管弦楽の威力ということでもないが、かなり抑えて演奏していたようす。開始のチェロとコントラバスの重くくすんだ音は、ゾクゾクするものがあったが、全般には声を殺さないように気を遣いながら曲を進めているのが感じ取れる。バイロイトではオーケストラが過剰との批判もあったようなので、その経験を踏まえてのことだろうか。今日はオーケストラが舞台上だけに、なおさらか。

三人の登場人物に割と自由に歌わせていたところもある。終盤のクライマックス、ジークムントが「ヴェーーーーーーーーーーールゼ」と二度、父の名前を叫ぶところなど、唖然とするほどの長さ。まるでイタリアオペラのノリ、あそこまでやるかという感じ。指揮台の大植さんもロバート・ディーン・スミスのほうを見ながら指揮棒を止めて、次に進む呼吸を計っていた。好きなだけやらせたというところか。全曲だと、舞台だと、こういう訳にはいかないが、これも演奏会形式ならでは。

大阪フィルの定期と比べると、二階席後方に少し空席があったので、完売にはならなかったようだ。それでも、終演後は同等以上の盛り上がりとなる。このプログラムなら無いと思ったアンコールも二曲。あるとすれば、当然これという「ワルキューレの騎行」。さらに、オマケがあって、客席に向かって「ただいま、帰りました」の大植コメント付きでの「ジークフリートの葬送行進曲」。最近は定期演奏会では、この種のパフォーマンスは影をひそめていただけに、久しぶり。「おかえり」

今回のハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニーとの来日公演、友だちと二人で聴いたが、「大植さんは、次のステップへ行く時期かも知れない」とのコメント、私も同感だ。同じレベルのオーケストラをいくつも振っていても仕方がない。次の来日公演は、たぶん、ないのでは。

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