メトロポリタンオペラ「ドン・ジョヴァンニ」@西宮 ~ オーセンティック?
2006/6/11

ボローニャは東から、METは西からスタートということで、ワールドカップの開幕とともにクロスする。これが「ドン・ジョヴァンニ」の初公演。やっぱり初日に観るのが一番。

現地ニューヨークならファミリーサークルと称する最上階、早い話が天井桟敷。それでも現地価格の20倍ぐらいの値段なので、ボーナスを前に財布のピンチ。

もっとも、兵庫県立芸術文化センターはあんなに巨大じゃないので、舞台はそんなに遠くはない。びわ湖ホールとちょっと響き方は違うが、どちらもオペラハウスらしい、声には優しい音がする。

ドンナ・アンナ:アンナ・ネトレプコ
 ドンナ・エルヴィラ:メラニー・ディーナー
 ツェルリーナ:マグダレナ・コジェナー
 ドン・オッターヴィオ:マシュー・ポレンザーニ
 ドン・ジョヴァンニ:アーウィン・シュロット
 レポレロ:ルネ・パーペ
 マゼット:ジョナサン・レマル
 騎士長:セルゲイ・コプチャク
 指揮:サー・アンドリュー・ディヴィス
 演出:マルト・ケラー

2月のモネ劇場の来日公演も、このオペラだった。今日のMETを観たあとでは、ずいぶん対照的だなあと思う。あちらは良くも悪くも演出家の名前が突出した公演。タイトルロールの名前だけは覚えていても、あと誰だったっけという公演だった。一方こちらは、綺羅星のごとくビッグネームが並び、演出、誰だったっけというもの。こちらのほうが伝統的なオペラのスタイルかも。刺激的な演出で楽しませてくれるのもいいけど、歌あってのもの、どちらかと言うとオールドファンの領域に片足を突っ込んでいそうな私には心地よい。自分も歳をとったのかなあ。

リサイタルでぞっこんになってしまったマグダレナ・コジェナーをオペラの舞台で聴いてみたい、それだけが高額チケットの購入動機だったが、彼女だけではなくMETのことだから人材は揃っている。お金の集まるところにはスターも集まるのは道理。旬の歌手が並ぶ。したがって、アリア、アンサンブル、どれをとっても聴き応え充分。長時間に及ぶオペラなのに、ちっとも退屈しない(私はいつも「ドン・ジョヴァンニ」では欠伸が出る)。

座付メンバーたちの緊密なアンサンブルで聴かせるというアプローチはあるにしても、それは調理の腕、味付けの妙で食べさせる料理というものだろう。素材そのものの旨さには敵わないところがあるのが料理と言うかオペラ。そんな感じの公演だった。

お目当てのコジェナーが歌ったのはツェルリーナ、よくある役作りとは一線を画したようなところが彼女のツェルリーナにはある。"誘う女"としての存在が前面に出ているというか、どこか邪悪なものも感じさせるというか。ドン・ジョヴァンニとのデュエット、本当の誘惑者は女のほうではないかとさえ思る。マゼットとのデュエットでも同様、無造作に投げ出す赤い靴を男に拾わせる、履かせるといったシーン。靴というものが象徴する性的なものも相俟って、とてもエロチックな場面が展開する。リサイタルの印象とは全く違う姿、女は魔物。なお、歌唱については、全く不満、ありません。

このキャストでもう一人、聴いたことのある人はアンナ・ネトレプコ。昨年、びわ湖ホールでのリサイタル、適不適がはっきりして、かなりムラの多い印象だった。その時には採り上げなかったドンナ・アンナ、これはぴったりではないかと思っていたが、やはりそのとおり。硬めの声質と見事にフィットする。びわ湖ではあまり感じなかった声の力も、今日は充分に伝わってきた。リサイタルはいまいちでも、オペラの舞台に立たせたらオーラを発する人なのかも。リサイタルが比類ないコジェナーとはタイプが違う。

メラニー・ディーナー、マシュー・ポレンザーニ、アーウィン・シュロット、ルネ・パーペというあたりは最近のMETの常連なのだろう。ドン・ジョヴァンニ役のシュロットは歌い回しに独特のところがあって、やや歌い崩し気味なのかなとも思ったが、さして気になるほどでもなし。

ドン・オッターヴィオ役のマシュー・ポレンザーニはソット・ヴォーチェの多用が目立ったが、いま一段のピアニシモの美しさを獲得する余地はありそう。ともあれ、どの人も声に力があるから、聴いていて楽しい。マゼット役のジョナサン・レマルはまだMETでの経験が少ないような気がした。これからの人だろうか。

幕切れ、ピットの奥で指揮者のように手を振っている人間がいるなと思ってオペラグラスで覗くと、騎士長役のセルゲイ・コプチャクでした。あそこで歌っていたんだ。あれで小節を数えて、鶴田浩二よろしく耳に手を当てている(古いなあ)。あの位置では舞台上のドン・ジョヴァンニの声が届かないんだろうな。上と下とのデュエットも大変そう。

演出はやはりMETスタイル。奇を衒うところなど微塵もなく、極端な自己主張はしない。スムースな舞台転換、シンプルで適度に華やかな装置、結構細かい動きをつけているところはあるにしても、歌の邪魔をするほどのことはない。中庸の良さというのか。開幕いきなりの長く細い階段でのドン・ジョヴァンニとドンナ・アンナの絡み、ちょっとあれは危なそうでハラハラ。幕切れの地獄落ちのシーンも結構よくできていた。奈落に下がる主人公の周りに滝のように水が落ちているように見えたが、あれは何だったのか。

METのオーケストラもずいぶん良くなったと思う。このオーケストラは指揮者で相当に変わる印象があったが、地力がアップしたのか、代役となったサー・アンドリュー・ディヴィスとの相性がいいのか。

子細に分析的に聴くというのがアホらしくなるのがMET。ずらりと並んだスターたちのグラマラスな歌を堪能する、それで充分、それの何が悪いの。というのが、やはりMETですかねえ。

梅田に着いたら、ちょうど甲子園のデーゲーム帰りの人たちと交錯、阪急電車がオペラで、阪神電車が野球か。経営統合と言うけど、この両沿線のカルチュアは全く違う。さて、これから、どうなることやら。

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