メトロポリタンオペラ「ワルキューレ」@名古屋 ~ ドミンゴ最後のオペラ?
2006/6/12

カーテンコールが終わると、そそくさと愛知県芸術劇場から徒歩圏のホテルへ。テレビをつけたら、ちょうど中村俊輔の芸術的ループシュート(?)がネットを揺らすところ。名古屋駅のデパ地下で買って冷蔵庫で冷やしておいたオーストラリアワインを抜いて祝杯。と、そこまではよかったが…

定期健診代わりの人間ドックの予定を入れて、この日は休暇。午後から5時開演の愛知芸術劇場に向かう。何をさておいてもドミンゴを聴いておかなくては。

ジークムント:プラシド・ドミンゴ
 ジークリンデ:デボラ・ヴォイト
 フンディング:ルネ・パーペ
 ヴォータン:ジェームズ・モリス
 ブリュンヒルデ:デボラ・ポラスキ
 フリッカ:イヴォンヌ・ナエフ
 指揮:クリストフ・エッシェンバッハ
 演出:オットー・シェンク

20年前のプロダクション、その2年目に現地で観たときには、まだ字幕は導入されておらず、かなり厳しい5時間だった記憶がある。その点、来日公演はいいなあ。特にこういう延々とモノローグや対話が続くオペラだと、なおさら。

このオットー・シェンク演出は今回の日本公演でお役ご免になるようだ。持ち帰らずに、装置は日本で処分してしまうのかな。今となっては希少価値とも言える、とても普通の演出。キース・ウォーナーのトーキョー・リングのような何が飛び出すかという面白さはない反面、舞台上のディテールに煩わされずに声とオーケストラに耽溺できるのは大きなメリット。少なくとも、これだけの役者が揃っておれば、なおさら。

圧巻だった。こんなに素晴らしい出来とは、予想をはるかに上回る。METのオーケストラがこんなによかったかな。今回、ジェームズ・レヴァインの事故のため交代となった指揮陣が思いの外よいのにびっくり。この日のクリストフ・エッシェンバッハはひとことで言えば丁寧でメリハリの効いた棒。第一幕の繊細さに感心するとともに、ここぞというところでのパワー炸裂。つい先日聴いたばかりの大植英次/ハノーファーが色褪せてしまう。勝負にならない。

ドミンゴ、もうこれが最後のオペラの舞台じゃないかと勝手に想像する。少なくとも国内では。仮に、再び日本で舞台に立つことがあっても、往年のスターの顔見せ的なものになるんじゃないかな。だから、無理をして名古屋までやって来たのだ。

同時代に、この稀代のテノールを聴けたことは大変なしあわせ。こんなに全てのフレーズが美しく音楽的な人は他にいないし、それはこの日も同じ。さすがに、出ずっぱりの第一幕の終わり近くは、天井桟敷では聞こえなかったところもあったように感じたが、それでも絶品と言える水準をキープするのだから凄い。これだけ長い間、聴く側の期待を裏切らないというだけでも余人をもって代え難いテノール。スペシャリスト化の傾向が顕著になる昨今、この先、スーパー・オールラウンダーは出現するんだろうか。

第一幕のジークリンデとの出会いのところの歌は、この上なくリリカル。二人の対話を聴いていると、これがワーグナーなのという印象。まさにベルカント・ワーグナーだ。もちろん、それはネガティブな評価ではなくポジティブ。
 恥ずかしながら、この素敵な相手役のジークリンデがデボラ・ヴォイトだということを休憩時間に知った次第。えっ、ウソだろう。普段"OPERA NEWS"のグラビアで見る人物とは別人ではないか!カバリエやノーマンのタイプの体型だと思っていたのに…。とても激しい減量をしたようだ。

もう一人のデボラ、ポラスキのほうは、一番印象に残ったのがジークムントとの対話のシーン。目前に迫る死を告げに現れたところの重く沈んだ、そしてこの上もなく美しい響き。ジークリンデとの別れを拒むジークムントに戸惑い、心を動かされ、ヴォータンの命に背くことを決意するに至るところ。相手役のドミンゴともども、私はこの部分がこの夜の白眉だったように感じた。彼女は第三幕では、ちょっと高音のフォルテの美感が損なわれていたのが残念だったが、第二幕が素晴らしかったので目をつぶってもいいや。

フンディングのルネ・パーペはレポレロに続く連日の出番。あちらがメインの来日だろうし、この役に関しては先の大植公演のクリストフ・シュテフィンガーを私は買う。

私は19年前に「ラインの黄金」のヴォータンでジェームズ・モリスを聴いた。あの頃はとっても若い期待のヴォータンだったが、今や貫禄充分。第三幕の怒りの凄まじさから父親の情愛へ移行する長大な歌での表現力の幅は、この役を歌い続けた年輪を感じさせる。

フリッカのイヴォンヌ・ナエフ、この人もとってもいい。思わずウチの怖いおかあちゃんの姿が目に浮かび、名古屋から戻ったら家に入れてもらえるだろうかと無用な心配。"板角総本舗のえびせんべい"で許してもらえるかしら。言われっぱなしで反論できないヴォータンの姿に我が身を見るよう。

金曜日から始まった私の黄金週間、土曜に一休みを入れて、東京・西宮・名古屋の道楽三昧。これでしばらくは大人しくしていなくっちゃ。フリッカの逆鱗に触れると大変だあ。

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